奴らには何もやるな2010-10-23

10月も半ばを過ぎた。気がついたら終わっているに違いない。今までだって何度も修羅場はあったが、今回のは長い、それにヘビーだ。何度か小休止のような時間もあったが、思い出せる景色はまだ夏だった頃のものだったりする。

先週、同僚の男性二人とトラットリアのランチを食べながら、彼らが口ぐちに言うことには、今の私のような立場では絶対に働きたくないそうだーーーーま、言いたいことはわからないでもない。打っちゃられた約束、不義理を重ねるプライベート、土曜日の夜中に電話会議、日曜日の早朝に報告書、平日は果てしなく長い。ちょっと報われなさすぎですよと彼らは言う。そう、報われないんだから、売っちゃいけないものもある。

平岡正明はかつて「身もこころも知慧も労働もたたき売っていっこうにさしつかえないが、感情だけはやつらに渡すな」と言ったが、その意味がようやくわかってきた。こういう状況に一定期間置かれていると、まず体力が持たなくなってくるし、精神的にも疲労がたまってくる。多くの人が次に売り渡すのが感情だ。それは、何でおればっかりこんなに働かなきゃいけないんだという悲嘆であったり、あいつさえいなければという呪詛であったり、また余計なこと言いやがってあの野郎という苛立ちだったりする。よくよく考えると当たり前のような気はするが、感情はそのほとんどが外の世界、特に誰かしらの他人に向けられている。人を呪わば穴二つ。そうした感情を燃料にして仕事をすると、やがて、ボディブローを食らい続けたボクサーがある瞬間ふと糸が切れたように崩れ落ちるのと同じやり方で、気がついたら膝をついていることになる。人はゆっくりと時間をかけて魂を売り渡す。そして買い戻すにはそれ以上に長い時間がかかる。

そういうのを目にするのも初めてではないが、今回のは長い、それにヘビーだ。私にも彼に手を差し伸べる余裕はなかった。