Only Human2011-06-18

『インサイド・ジョブ』は2008年の金融危機を描いたドキュメンタリ映画で、タイトルが示すとおり主張ははっきりしています――――これは金融業界の内部の犯行だ。リーマン・ショックの話? また? ていうか今さら? …と思う向きもおありでしょう。広範な議論がされ数々の著作が物された後です。マイケル・ムーアが『キャピタリズム』を撮った後です。そのラストでオバマの大統領当選を希望として描き、そのオバマが大統領に就任して二年が過ぎ中間選挙で惨敗した後です。ギリシアは危機に見舞われスペインの失業率は驚異の三十パーセントに達した後です。ですが、そこで改めて語られるだけあって、説明もクリアで的確、主張もはっきりしていてわかりやすいです。

五章構成になっているんですが、類書(本じゃないけど)と較べて特に面白いのはPart IとPart 5です。Part Iでは、80年代に始まる規制緩和の流れを語りながら、多くの金融機関が罰金を支払うことになった犯罪の数々を交え、その後リーマン・ショックでも主要な役割を果たすことになる金融機関と登場人物が手際よく紹介していきます。

Part 2からPart 4は、よくまとまっているので初めて金融危機ネタに触れる方にはお勧めします。すでに類書を読んでいれば目新しい部分は少ないでしょう(サブプライムローンを食物連鎖にたとえているのは面白いです)。ウォール街内幕本や関連本の著者が数多く登場するので、ウォール街ネタ好きの私には「おおジリアン・テット!」とか「サティアジット・ダスだー今何やってるんだろー」とか「やばいラグラム・ラジャンかっこいい」とかいう楽しみがありましたが。。。

Part 5では、ハーバード大学やコロンビア大学のビジネススクールといった学会に対して、ウォール街がいかに影響力を持つようになっているかが語られます。私はウォール街内幕ネタが好きで、それなりにいろいろ読んでいるのですが、学会との繋がりについては指摘されることが少なかったように思います。投資銀行の開発した金融商品や業界の展望について非常に好意的なことを書いていたビジネススクールの教授たちが、そのことによっていかに金銭的な利益を得ているか、というのは、考えてみれば当たり前に起こることですが―――英語で御用学者って何て言うんでしょうね――――いや怖ろしいというかなんというか。

ここからが感想です。この映画が糾弾する当の相手がインタビューに応じてくれることはほとんどありません。そりゃそうでしょう。インタビューに応じなかったという事実そのものが彼らの有罪を示しているかのようです。でも、何人かは迂闊にもインタビューに応じていますし、国会に召ばれたときの質疑応答映像などが挟まっていて、糾弾される当事者が答えに詰まる様子が容赦なく映し出されています。

お前が悪いんだと糾弾するのは簡単です。彼らは強欲で、他人のことなどまったく考えず、自分がしている行為がほとんど犯罪的だと自覚したうえで、この危機の片棒を担いだのでしょうか? どうも、そうは思えません。ただ単に彼らは上昇志向が強く、たぶん優秀で、ウォール街に職を得てそのジャングルを生き抜くことができた信じがたいほどラッキーなだけの、ただの人間に見えます。そして人は、自分の行いが悪であるとは思いたくないものです。事実悪であったとしても、そのことから目を背けていられる間は喜んでそうするでしょう。彼らはきっと、無防備で迂闊で必要以上に楽観的で頭で考えるよりも気分と直感に左右されやすいという人間的な欠点を持ち合わせた、ただの人間で、そして多くの本が指摘するところを考慮すると、おそらくは彼らも何が起こっているかはわかっていなかったのではないでしょうか。ひどいことには、善意でやっていた可能性さえあるのです。

地獄への道はここでも善意で舗装されていたように思われます。話が抽象的になりがちなのは私の悪い癖なのですが、エピクテトスを思い出しました。もしよい人間でありたいと願うなら、まず、己が邪悪であると信じることから始めよ。自己資本比率や金融機関の給与体系を規制することが解決策になると信じているわけではないのですが、レギュレーションや制度というものは、たぶん、われわれが邪悪であることを―――言いかえれば人間的であることを前提として設計されるべきなのでしょう。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://cineres.asablo.jp/blog/2011/06/18/5918865/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。