あそこに神様がいらっしゃる2011-08-28

私は『ウォッチメン』については「原作はアメコミ殿堂入り、映画はオープニングとコメディアンが最高」派なんですが、いちばん理解できなかったのはDr.マンハッタンがローリーの誕生の秘密を知った後に地球へ戻ってくるところでした。ローリーは、コスチュームヒロインだった母親と、一度は母親を強姦しようとしてそれ故に母が憎んでいたはずのコメディアンの子供です。それが奇跡であるとDr.マンハッタンは言うんですが…え、正直、それってよくある話じゃないんすか?
いやいや百歩譲ってDr.マンハッタンが語っているのは宇宙と生命の神秘であって個人の出来事ではない…としましょうか。この宇宙が誕生して太陽系ができあがり地球という星に生命が生まれ植物が生まれ動物が生まれ…そうして君がいるんだよ、生まれてきてくれてありがとう、みたいな。でも80年代の時点で世界の人口は50億を超えていたじゃないですか。そんなよくある話が何で奇跡なんです? たとえ100万回に1回しか起こらない出来事だとしても、100億回試せば100回は起きる計算になります。もし奇跡が確率の問題なら、充分な回数の試行を繰り返せばいいだけです(それが可能かどうかはさておいて)。Dr.マンハッタンともあろう者がそんなものに、今更?

ところで、『ツリー・オブ・ライフ』では、冒頭の二十分くらいを宇宙の誕生から生命の進化を語ることに費やします。ええええ間違えてBBCドキュメンタリーに入っちゃったのかな! ブラッド・ピット演じる父親とショーン・ペン演じる息子の葛藤の話じゃなかったの!…と思うところですが、あれは予告と宣伝の作り方がよろしくない(あるいは意図的にそうしているのかもしれませんが)。
この映画は家族のドラマというより、監督テレンス・マリックの信仰告白でしょう。余はいかにしてキリスト者となりしか。世界をどのように理解し、どのように考えているのか(たぶんBBCもどきの創世記は、こうやって世界ができてここまで来たんだよね、というマリック自身の世界観の乱暴な要訳です)。また、そのように考えるに至ったのはなぜなのか。マリックの場合はたまたま50年代テキサスの片田舎で育った子供の頃の記憶と結びついていて、そしてその記憶には、厳格だった父と、美しく優しかった母が、分かち難く刻みつけられているのでしょう。それとヨブ記。だからドラマを期待して観に行くと裏切られること請け合いです。父との劇的な和解もなければ、癒しも赦しもありません。

映像美で知られるマリックの描くテキサスが本当に美しいです。創世記がある程度は神秘的な絵になるのは当たり前で、むしろ、少年ジャックの目から見た50年代テキサスの世界が神の恩寵のようです。木々に降り注ぐ日差し、きちんと丁寧に整えられた一軒家、光を浴びて走り回る子供たちの笑い声、鳥のさえずりがいつも聞こえていて、芝生のスプリンクラーがまき散らす水滴の透き通った明るさ。一方でその世界には悪が――――と言うと言葉が強すぎるなら、悲しむべき辛い出来事が存在し、それはどれだけ善人でも防ぐことができないでしょう。自分はともかくせめて子供達だけは幸福にと願っても、それさえ叶えられることはない。近所のタイラーがプールで溺れ死んでしまったように。子供のころは散布車をみんなで追いかけたDDTが、発癌性の高さから今では禁じられているように。火事で後頭部の半分にケロイドを負った同級生のように。十九歳の若さで死んでしまった弟のように。

しかし…こんな贅沢な信仰告白はおそらく他にないでしょうね。ブラッド・ピットとショーン・ペンを惜しげもなく使って、母親役のジェシカ・チャスティンも素晴らしいキャスティング。50年代の清楚な人妻最高です。子供達と一緒になって庭で遊びながら無邪気に空を指差して「あそこに神様がいらっしゃるのよ」とは…ちょっと涙が出そうな光景ですな。

コメント

_ ともい ― 2011-09-10 21:54:00

おつかれさまです! ヒューマンドラマだと思って観に行っちゃったよ! がっかりだよ! 父と子の葛藤の話だと私も思っていた、許しとか和解とかあるわけがなかっただって別に問題ないもんね! 「これ……あんたの神さまの話じゃん!」と私も思いました。恐竜で「わけわからん」と爆笑してた私はちょっと修行が足りないようですorz

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