すすきかるかや秋草の ― 2009-10-11
マルタの芒は背が高い。四メートルは優にあり、背が高いやつは二階の窓くらいのところで揺れている。
いやススキと言ってはみたが、実際に何なのかは知らない。見た目はススキに似ているが、穂の部分は、東洋のススキのような柔らかなハタキ型ではなくて、固い筆先か炎を象った蝋細工みたいだ。あれは何て言うのとゴゾ島のタクシードライバーであるルーベン氏に尋ねてみたところ、イタリア語ではアッカとか何とか言い(スペル聞いたが忘れてしまった)、英語ではbambooと呼んでいる、とのこと。二階ほども高さのあるススキが狭い谷間を埋めるように揺れているのはなかなかの壮観だ。
市街地を離れると地中海的に荒涼とした丘陵が続くマルタでは、草原と呼べるものがほとんどない。小麦はイタリアから輸入し、畑で作っている穀物は家畜の餌となるそうだ。発電所はあるらしいが、水はどうしているのか、水道水が不味い。たぶん海水を淡水化して使っているんだろう。ススキは群生して金色に揺れているが、背が高すぎて草原という感じはあまりしない。若山牧水の選んだ秋草のさびしききわみは吾亦紅とススキ、刈る萱だったが、マルタ島ではススキはでかいし吾亦紅は薊で代用することになるだろうし、どうも寂しいというよりはワイルドな感じになるだろう。
ちょうど着いた晩が中秋の名月だったので、車窓から眺めるススキの生い茂る様に、ここでも秋にはススキなのかなとぼんやり思ったのだった。だがマルタ島の秋は無花果と柘榴だろう。収穫の季節らしくあちこちで実をつけていたし、移動式の八百屋がトラックの荷台を開いた店先に並べていた。シーズンの終わりとはいえマルタの日差しは日本よりはるかに強く、日中はサンドレスかショートパンツにサンダルでちょうどいいくらいだった。それでも夜の風は肌寒く秋を感じさせたが、秋というシーズンはきっと夜にしか存在しないんだろう。冬が来るとゴーストタウンのようになるよ、とルーベン氏は言った。
季節の移り変わりを細かいところに探すのは、こりゃ日本人として培った文化的習性なんだろうな。
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