予告 ― 2007-04-16
何か当分は『天牌』かもしれません。
…せっかく『アカギ』が流行ってるんだから『アカギ』に行けばいいものを…『近代麻雀』ですらないですよ『天牌』は。書いたところで読んでくれる人はひとりか二人しかいないような気がしますが何かやりたくなってきてしまいました。
『天牌』のキャラクタ構成は発展途上の若者と熟練のおじさま方という構図になっているので、唯一そのどちらにも収まってない主役級の打ち手であるところの"絶対感性"菊多は押さえておきたい。おじさま方だと強さの脈絡のなさにおいて群を抜いている"孤高の博狼牙"津神と、逆に話が進むにつれて強いということの重さだけが増していく"元裏プロ界帝王"入星の対比がいい感じですが、何せ麻雀に心血を注ぐ人々がひたすら卓を囲む話なので、そういう部分はすべて本編に任せればよいのです。埋める外堀もない、というのが『天牌』ネタのいちばん難しいところです。
気になっている点をひとつ挙げるなら、何か最近は主人公の沖本瞬が東京を離れて地方に行ってるらしいのですが----武者修行であれ何であれ、中国に行く可能性はなくもないのかもしれませんが、まあ、基本的には日本国内にしか麻雀界はないんじゃないのか、というところでしょうか。これがカードゲームの話ならねえ、ヴェガスを根城にするギャンブラーがアラブの億万長者からかっぱぐために中東へ旅行!なんてネタもあり得るのですけど(実際にそういうケースもあるらしい)。
『天牌』では「すごい打ち手登場→これまでの誰かの知り合いと判明」というケースがやたらに多いのを考え合わせると、ほとんど人外の強さを誇る主役級の打ち手たちと張り合えるという打ち手があちこちに点在するはずの世界として、日本てちょっと小さすぎるんじゃないかと思うわけです。しかもたいがいは裏社会の話だし。
つまり「これまでより広い世界に行くと、これまでに見たことがない強い奴がいるよ」というドラゴンボール的ジャンプ的な世界観というよりは、もう見知った面子でひたすら煮詰まっていく気がします。( 逆にいうと、そんな世界であるにも関わらずぽーんと東京を離れてしまったという点にこそ、沖本瞬が主人公である理由を見ることができるかもしれません)
で、阿佐田哲也を思い出したわけです。阿佐田哲也の著作を読むと、東京で食えなくなったバイニンが都落ちして地方で打つ、という話が結構出てくるんですね。果たして現代の地方というのがその物語を支え切れるのか?…というのが地方出身者としてすごく気になります。結局のところ赤坂だの歌舞伎町だのから離れられずに終わるのではないか、と。
沖本瞬の武者修行の行方に期待しつつ、近いうちに漫画喫茶行ってきます。
…せっかく『アカギ』が流行ってるんだから『アカギ』に行けばいいものを…『近代麻雀』ですらないですよ『天牌』は。書いたところで読んでくれる人はひとりか二人しかいないような気がしますが何かやりたくなってきてしまいました。
『天牌』のキャラクタ構成は発展途上の若者と熟練のおじさま方という構図になっているので、唯一そのどちらにも収まってない主役級の打ち手であるところの"絶対感性"菊多は押さえておきたい。おじさま方だと強さの脈絡のなさにおいて群を抜いている"孤高の博狼牙"津神と、逆に話が進むにつれて強いということの重さだけが増していく"元裏プロ界帝王"入星の対比がいい感じですが、何せ麻雀に心血を注ぐ人々がひたすら卓を囲む話なので、そういう部分はすべて本編に任せればよいのです。埋める外堀もない、というのが『天牌』ネタのいちばん難しいところです。
気になっている点をひとつ挙げるなら、何か最近は主人公の沖本瞬が東京を離れて地方に行ってるらしいのですが----武者修行であれ何であれ、中国に行く可能性はなくもないのかもしれませんが、まあ、基本的には日本国内にしか麻雀界はないんじゃないのか、というところでしょうか。これがカードゲームの話ならねえ、ヴェガスを根城にするギャンブラーがアラブの億万長者からかっぱぐために中東へ旅行!なんてネタもあり得るのですけど(実際にそういうケースもあるらしい)。
『天牌』では「すごい打ち手登場→これまでの誰かの知り合いと判明」というケースがやたらに多いのを考え合わせると、ほとんど人外の強さを誇る主役級の打ち手たちと張り合えるという打ち手があちこちに点在するはずの世界として、日本てちょっと小さすぎるんじゃないかと思うわけです。しかもたいがいは裏社会の話だし。
つまり「これまでより広い世界に行くと、これまでに見たことがない強い奴がいるよ」というドラゴンボール的ジャンプ的な世界観というよりは、もう見知った面子でひたすら煮詰まっていく気がします。( 逆にいうと、そんな世界であるにも関わらずぽーんと東京を離れてしまったという点にこそ、沖本瞬が主人公である理由を見ることができるかもしれません)
で、阿佐田哲也を思い出したわけです。阿佐田哲也の著作を読むと、東京で食えなくなったバイニンが都落ちして地方で打つ、という話が結構出てくるんですね。果たして現代の地方というのがその物語を支え切れるのか?…というのが地方出身者としてすごく気になります。結局のところ赤坂だの歌舞伎町だのから離れられずに終わるのではないか、と。
沖本瞬の武者修行の行方に期待しつつ、近いうちに漫画喫茶行ってきます。
コメント
_ ともひ ― 2007-04-17 12:06:28
_ Ali ― 2007-04-18 23:56:37
ともひさんこんばんは。
え、ひょっとして、ともひさんは『天牌』を読んでらしたんですか!?だとしたらものすごくびっくりなのですが!マジで読みますか天牌ネタ…。
え、ひょっとして、ともひさんは『天牌』を読んでらしたんですか!?だとしたらものすごくびっくりなのですが!マジで読みますか天牌ネタ…。
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