冬はつとめて ― 2006-01-18
徹夜の仕事を終えて帰宅するとき、ふとマンションのベランダを見上げると、家主の育てる植物たちが、冬の朝の弱い光をぼんやりと反射していた。家主は植物を育てるのがうまい。一抱えもある大きな鉢植えの蘭は、もう二十年以上も毎年咲き続けているし、アマリリスだって咲かなかったことはない。
いつかこの家を出ることになったら寂しいだろうな、とぼんやり考えた。植物を育てることはそう簡単なことではないし、そもそも、真冬の早朝によれよれと帰宅するような生活を続ける人間に、植物たちの世話なんかできるんだろうか。
たまに家主の鉢植えをじっくり眺めるのが好きだ。植物が生きているものだということを思い出す。大振りの蘭の根が混沌と盛り上がる様子や、細い茎からさまざまなやり方で葉を伸ばし蕾をつけるプランターの花々、ベンジャミンの葉がどのようにして枝から伸び、水分を受け取っているのか。
見るたび、自分の想像力がいかに貧困であるかを思い知ることにもなる。昔は、今よりもっと植物の豊かな地域に住んでいたが、その頃の私にとって植物とはイメージの集積でしかなく、細部などどうでもよかったのだと思う。花の色しか覚えていなかった。
それにしても、蘭って二十年も咲くんだなあ。
いつかこの家を出ることになったら寂しいだろうな、とぼんやり考えた。植物を育てることはそう簡単なことではないし、そもそも、真冬の早朝によれよれと帰宅するような生活を続ける人間に、植物たちの世話なんかできるんだろうか。
たまに家主の鉢植えをじっくり眺めるのが好きだ。植物が生きているものだということを思い出す。大振りの蘭の根が混沌と盛り上がる様子や、細い茎からさまざまなやり方で葉を伸ばし蕾をつけるプランターの花々、ベンジャミンの葉がどのようにして枝から伸び、水分を受け取っているのか。
見るたび、自分の想像力がいかに貧困であるかを思い知ることにもなる。昔は、今よりもっと植物の豊かな地域に住んでいたが、その頃の私にとって植物とはイメージの集積でしかなく、細部などどうでもよかったのだと思う。花の色しか覚えていなかった。
それにしても、蘭って二十年も咲くんだなあ。
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