ユーフォリア2006-01-25

カルバン・クラインの新しい香水がそんな名前らしい。カルバン・クラインにしてはコンクリートだ。

煙草という親しい悪徳のおかげで鼻は利く方じゃないけれど、香水に関してはやっぱりフランスのブランドに一日の長があるように見える。アメリカのブランドっていうと、何だ、カルバン・クラインとか、クリニークとか、トミー・ヒルフィガーとか、エスティ・ローダーか。いまひとつ複雑さに欠ける香りが多い。
香水というのは、数ある化粧品の中でももっともイメージに頼って販売される品物だろう。マスカラやファンデーションを選ぶときを考えてみればわかるけれど、落ちにくいとか乾燥しないなんてことは、およそ香水には関係ない。純粋にイメージのみで選ぶようなものだ。
パッケージ、広告のビジュアルイメージ、それに商品名、すべてがこのイメージを形成する要素となっているのだけれど、そのイメージを集約するのはやはりネーミングだろう。ゲランの夜間飛行やMITSUKO、イヴ・サンローランのイン・ラヴ・アゲインにベビー・ドール、ジバンシィのウルトラマリン。中でももっともアブストラクトな名前をつけるのがカルバン・クラインだ。ETERNITY、ONE、それにTRUTH。ある人物像をイメージするにはおよそ不向きな、抽象度の高い名前ばっかりだ。

抽象度が高いということは、単純であることと、単純であるがゆえに多義的であることを意味する。北北西より北西の方が抽象度は高い。示せる範囲は広く、言葉としては単純だ。
意味がひとつしかないんじゃ、色んなものを含むことができないから、抽象度が高くなりようがない。言葉の示す範囲を細かくし限定ていったんじゃ、含むことのできるものが少なくなるから、やっぱり抽象度は低くなる。
フランスの作り出したもっとも抽象的な名前の香水はシャネルのNo.5だろう。けれどカルバン・クラインの香水はいつも、それに較べてあまりに強固で、単純な印象を与える。多義的と言うよりは、まるで数学の公式がそうであるように、5+7=12であるということのように、単純な力強さを。
そこがとてもアメリカ的に思えて(どこまでが偏見かは私には言えないのだが、作戦名に「無限の正義」とつけようとする国なのだ)、何でかいつも、『羊たちの沈黙』のレクターを思い出す。"Simplicity."とクラリスに言い聞かせるレクターの声を。

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