謹賀新年 ― 2006-01-01
明けましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になりました。本年も、よろしくお願いいたします。
Aliとしての今年の目標は、今年中にsludgeナンバーを99まで終えることです。よろしくお付き合いください。
…というメッセージを職場から書きつつ、さすがに今日は人が少ないなあ…でもいいのか?そんな余裕ないはずだろうよ、本来は。
2006年か。2000年代も半ばを過ぎた。
今年私がいくつになるのかは、まあおおっぴらに言うことでもない気がするけれど、ここ数年の傾向から行くとまだまだこれからってことになるんだろうな。『JJ』的な女性誌の対象年齢層が上がってきているのは気のせいではない。20代後半~30代前半の女性を対象にしている雑誌は確実に増えている。あんな雑誌に載ってるようなもの買えないけどさ。
ここ半年くらいか、こういうことを考えるといつも、片岡義男のせりふが頭の中で回る。
「時代は変わる。好きなように変わればいい。」
旧年中は大変お世話になりました。本年も、よろしくお願いいたします。
Aliとしての今年の目標は、今年中にsludgeナンバーを99まで終えることです。よろしくお付き合いください。
…というメッセージを職場から書きつつ、さすがに今日は人が少ないなあ…でもいいのか?そんな余裕ないはずだろうよ、本来は。
2006年か。2000年代も半ばを過ぎた。
今年私がいくつになるのかは、まあおおっぴらに言うことでもない気がするけれど、ここ数年の傾向から行くとまだまだこれからってことになるんだろうな。『JJ』的な女性誌の対象年齢層が上がってきているのは気のせいではない。20代後半~30代前半の女性を対象にしている雑誌は確実に増えている。あんな雑誌に載ってるようなもの買えないけどさ。
ここ半年くらいか、こういうことを考えるといつも、片岡義男のせりふが頭の中で回る。
「時代は変わる。好きなように変わればいい。」
年末年始休暇 ― 2006-01-04
世間では仕事始めの今日、Aliはようやくお休みです。大晦日から四日連続で出勤したのは初めてですよ。
元旦からずっと出勤していると、三が日を数えるにつれ電車に人が増えていき、職場にも人が増えていき、今年の正月ボケはおそらく、電車の混雑への違和感と職場の騒がしさへの倦怠感になるのでしょう。
さあ、掃除しよう。
2006年最初に買った本。
『文明崩壊 下巻』ジャレド・ダイヤモンド
『チャーリー・パーカーの芸術』平岡正明
『日本語の外へ』片岡義男
2006年最初に買ったDVD。
『トルク』。…いっそハッピーなくらい馬鹿だな!こいつらは!
元旦からずっと出勤していると、三が日を数えるにつれ電車に人が増えていき、職場にも人が増えていき、今年の正月ボケはおそらく、電車の混雑への違和感と職場の騒がしさへの倦怠感になるのでしょう。
さあ、掃除しよう。
2006年最初に買った本。
『文明崩壊 下巻』ジャレド・ダイヤモンド
『チャーリー・パーカーの芸術』平岡正明
『日本語の外へ』片岡義男
2006年最初に買ったDVD。
『トルク』。…いっそハッピーなくらい馬鹿だな!こいつらは!
いつかは死ぬ ― 2006-01-06
がんばれば出勤できるなーという程度の発熱だったが、根性なく全休。それで明日は出勤するつもりだってんだから何かを根底から間違えている気がしてならない。何かってたぶんカレンダー?
『トルク』のDVDも買ったことだし、見逃した(ていうか公開されたとき興味なかった)『エレクトラ』のDVDは3月発売になるみたいだし、ということで『007 ダイ・アナザー・デイ』を借りてきて寝ながら見る。
つまり何かというと、ベニシオ・デル・トロとヴァンサン・カッセルに続いて気に入っている俳優ウィル・ユン・リーが端役で出ているのである。『ダイ・アナザー・デイ』なら観た人も多いかもしれないので書いておくと、冒頭でボンドとホバークラフト上の格闘を披露する北朝鮮の大佐役がウィル・ユン・リー。調べてみたら2002年には『PEOPLE』誌の「世界でもっとも美しい50人」に選ばれている様子。テレビドラマにも出ているみたいだから、アメリカでの知名度は日本よりはるかに高いのかもしれない。
バイオグラフィを確認したところカリフォルニア大学バークレー校の卒業らしく、すわインテリかよと身構えたのだが、どうも武道の奨学生だったらしい。ちょっとほっとした。
で、『007 ダイ・アナザー・デイ』の感想だが。
小学校高学年くらいの頃か、ショーン・コネリーというのはすごい人だ、と頭から信じていたのを懐かしく思い出した。知的で、渋くて、強くて、非の打ち所のないジェントルマンなんだろう、と。そしてこれだけ有名なんだから、さぞかしたくさんの名作映画(しかも文芸ぽいやつ)に出演して、演技もめちゃくちゃ上手いんだろう、と。
しかし違ったわけだ。作品によってさまざまだけど、実際の『007』は男子中学生の考えた秘密の武器みたいな新型兵器が出てきて、おっぱいの大きな女の人が次々とジェームズ・ボンドに色目を使い、荒唐無稽なアクションを展開する娯楽映画だった。すごく久しぶりに007を観たけれど、いやあ相変わらずですね!
ウィル・ユン・リーはとてもよかった。欧米で教育を受けた北朝鮮の大佐(ええとこのぼん)なのだけれど、気まぐれで暴力的で視野の狭い感じで、ボンドの乗るホバークラフトを後ろから追跡中に「つっこめ!」と叫び、実際につっこんだときの笑顔など、無邪気でよろしい。
『トルク』のDVDも買ったことだし、見逃した(ていうか公開されたとき興味なかった)『エレクトラ』のDVDは3月発売になるみたいだし、ということで『007 ダイ・アナザー・デイ』を借りてきて寝ながら見る。
つまり何かというと、ベニシオ・デル・トロとヴァンサン・カッセルに続いて気に入っている俳優ウィル・ユン・リーが端役で出ているのである。『ダイ・アナザー・デイ』なら観た人も多いかもしれないので書いておくと、冒頭でボンドとホバークラフト上の格闘を披露する北朝鮮の大佐役がウィル・ユン・リー。調べてみたら2002年には『PEOPLE』誌の「世界でもっとも美しい50人」に選ばれている様子。テレビドラマにも出ているみたいだから、アメリカでの知名度は日本よりはるかに高いのかもしれない。
バイオグラフィを確認したところカリフォルニア大学バークレー校の卒業らしく、すわインテリかよと身構えたのだが、どうも武道の奨学生だったらしい。ちょっとほっとした。
で、『007 ダイ・アナザー・デイ』の感想だが。
小学校高学年くらいの頃か、ショーン・コネリーというのはすごい人だ、と頭から信じていたのを懐かしく思い出した。知的で、渋くて、強くて、非の打ち所のないジェントルマンなんだろう、と。そしてこれだけ有名なんだから、さぞかしたくさんの名作映画(しかも文芸ぽいやつ)に出演して、演技もめちゃくちゃ上手いんだろう、と。
しかし違ったわけだ。作品によってさまざまだけど、実際の『007』は男子中学生の考えた秘密の武器みたいな新型兵器が出てきて、おっぱいの大きな女の人が次々とジェームズ・ボンドに色目を使い、荒唐無稽なアクションを展開する娯楽映画だった。すごく久しぶりに007を観たけれど、いやあ相変わらずですね!
ウィル・ユン・リーはとてもよかった。欧米で教育を受けた北朝鮮の大佐(ええとこのぼん)なのだけれど、気まぐれで暴力的で視野の狭い感じで、ボンドの乗るホバークラフトを後ろから追跡中に「つっこめ!」と叫び、実際につっこんだときの笑顔など、無邪気でよろしい。
ぬるま湯にもほどがある ― 2006-01-08
キャサリン・ゼタ=ジョーンズは髪が短い方がかわいい、と『オーシャンズ12』を観て思う。ロングヘアに赤いドレスじゃちょっと重いしね。逆にジュリア・ロバーツは、観ていて「いいのかそれで?」と言いたくなるほど、かわいく感じなかった。グレーのTシャツとか普段着にしか見えなかったよ。
オーシャンと仲間たちに宣戦布告するナイト・フォックスが登場するまで、ヴァンサン・カッセルが出演していることをすっかり忘れていた。ヴァンサン・カッセル好きとしては見所があったのでよしとしよう。いやあいい男だなあ。
…しかし…誰かが「前作よりさらにぐだぐだの脚本になって帰ってきた!」と言っていた記憶があるんだが、誰だったっけなあ。本当にそのとおりだった。
オーシャンと仲間たちに宣戦布告するナイト・フォックスが登場するまで、ヴァンサン・カッセルが出演していることをすっかり忘れていた。ヴァンサン・カッセル好きとしては見所があったのでよしとしよう。いやあいい男だなあ。
…しかし…誰かが「前作よりさらにぐだぐだの脚本になって帰ってきた!」と言っていた記憶があるんだが、誰だったっけなあ。本当にそのとおりだった。
亡霊と時計 ― 2006-01-13
今日もまた気がついたら腕時計が止まっていた。
祖父の形見である腕時計は今どき手巻き式なので、気をつけていないとすぐに止まってしまうのだ。19時だと思ったまま20時までを過ごすと、その一時間、亡霊になっていたような気分だ。
時間が止まったまま過ごしているというのは亡霊の定義としてきっと正しい。
祖父の形見である腕時計は今どき手巻き式なので、気をつけていないとすぐに止まってしまうのだ。19時だと思ったまま20時までを過ごすと、その一時間、亡霊になっていたような気分だ。
時間が止まったまま過ごしているというのは亡霊の定義としてきっと正しい。
読書癖 ― 2006-01-15
今日は二軒の本屋で『トムは真夜中の庭で』を探したけれど、見つからなかった。やっぱり地元じゃ置いてないか、都心まで出なきゃダメか。
しかし十数年ぶりに見る児童文学コーナーは面白かった。ああ読んだよなあ、という本が今でもたくさん並んでいる。エリーナ・ファージョンとか、子供向けのシャーロック・ホームズとか、トム・ソーヤーとか。
家主と一緒に大相撲の中継を観る。
デーモン木暮がゲストとして出演しており、その語り口調がなかなか面白かったので、相撲について書いたテキストはないのかと検索してみた。デーモン木暮はベースボールマガジン社の『VANVAN相撲界』という雑誌に「我が輩は力士になりたかった」という連載を持っていたようだ。しかし『VAVNVAN相撲界』は1998年終刊。ということは単行本化も見込めないか…残念だ。
そして今日は『ウンコな議論』を読みながら寝る。この本は、昨日、出勤する前に立ち寄った本屋で購入したのだが、職場で「何を買ったの」と尋ねられてもタイトルを答えるわけにはいかない本だ。いや内容はいいんだけど。
しかし十数年ぶりに見る児童文学コーナーは面白かった。ああ読んだよなあ、という本が今でもたくさん並んでいる。エリーナ・ファージョンとか、子供向けのシャーロック・ホームズとか、トム・ソーヤーとか。
家主と一緒に大相撲の中継を観る。
デーモン木暮がゲストとして出演しており、その語り口調がなかなか面白かったので、相撲について書いたテキストはないのかと検索してみた。デーモン木暮はベースボールマガジン社の『VANVAN相撲界』という雑誌に「我が輩は力士になりたかった」という連載を持っていたようだ。しかし『VAVNVAN相撲界』は1998年終刊。ということは単行本化も見込めないか…残念だ。
そして今日は『ウンコな議論』を読みながら寝る。この本は、昨日、出勤する前に立ち寄った本屋で購入したのだが、職場で「何を買ったの」と尋ねられてもタイトルを答えるわけにはいかない本だ。いや内容はいいんだけど。
予定は未定 ― 2006-01-16
備忘録として、これから観る予定の展覧会を以下に挙げておく。
神奈川県立近代美術館の「フランシス・ゴヤ版画展」
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/index.html
中近東文化センターの「ガラスの博物誌展」
http://www.meccj.or.jp/index.html
Bunkamuraの「スイス・スピリッツ ― 山に魅せられた画家たち」展
http://www.bunkamura.co.jp/indexj.html
今わかっているところでは、とりあえずこれだけ行きたい。
後、まだ行ったことのない古代オリエント博物館にはぜひ行こう。
神奈川県立近代美術館の「フランシス・ゴヤ版画展」
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/index.html
中近東文化センターの「ガラスの博物誌展」
http://www.meccj.or.jp/index.html
Bunkamuraの「スイス・スピリッツ ― 山に魅せられた画家たち」展
http://www.bunkamura.co.jp/indexj.html
今わかっているところでは、とりあえずこれだけ行きたい。
後、まだ行ったことのない古代オリエント博物館にはぜひ行こう。
冬はつとめて ― 2006-01-18
徹夜の仕事を終えて帰宅するとき、ふとマンションのベランダを見上げると、家主の育てる植物たちが、冬の朝の弱い光をぼんやりと反射していた。家主は植物を育てるのがうまい。一抱えもある大きな鉢植えの蘭は、もう二十年以上も毎年咲き続けているし、アマリリスだって咲かなかったことはない。
いつかこの家を出ることになったら寂しいだろうな、とぼんやり考えた。植物を育てることはそう簡単なことではないし、そもそも、真冬の早朝によれよれと帰宅するような生活を続ける人間に、植物たちの世話なんかできるんだろうか。
たまに家主の鉢植えをじっくり眺めるのが好きだ。植物が生きているものだということを思い出す。大振りの蘭の根が混沌と盛り上がる様子や、細い茎からさまざまなやり方で葉を伸ばし蕾をつけるプランターの花々、ベンジャミンの葉がどのようにして枝から伸び、水分を受け取っているのか。
見るたび、自分の想像力がいかに貧困であるかを思い知ることにもなる。昔は、今よりもっと植物の豊かな地域に住んでいたが、その頃の私にとって植物とはイメージの集積でしかなく、細部などどうでもよかったのだと思う。花の色しか覚えていなかった。
それにしても、蘭って二十年も咲くんだなあ。
いつかこの家を出ることになったら寂しいだろうな、とぼんやり考えた。植物を育てることはそう簡単なことではないし、そもそも、真冬の早朝によれよれと帰宅するような生活を続ける人間に、植物たちの世話なんかできるんだろうか。
たまに家主の鉢植えをじっくり眺めるのが好きだ。植物が生きているものだということを思い出す。大振りの蘭の根が混沌と盛り上がる様子や、細い茎からさまざまなやり方で葉を伸ばし蕾をつけるプランターの花々、ベンジャミンの葉がどのようにして枝から伸び、水分を受け取っているのか。
見るたび、自分の想像力がいかに貧困であるかを思い知ることにもなる。昔は、今よりもっと植物の豊かな地域に住んでいたが、その頃の私にとって植物とはイメージの集積でしかなく、細部などどうでもよかったのだと思う。花の色しか覚えていなかった。
それにしても、蘭って二十年も咲くんだなあ。
ユーフォリア ― 2006-01-25
カルバン・クラインの新しい香水がそんな名前らしい。カルバン・クラインにしてはコンクリートだ。
煙草という親しい悪徳のおかげで鼻は利く方じゃないけれど、香水に関してはやっぱりフランスのブランドに一日の長があるように見える。アメリカのブランドっていうと、何だ、カルバン・クラインとか、クリニークとか、トミー・ヒルフィガーとか、エスティ・ローダーか。いまひとつ複雑さに欠ける香りが多い。
香水というのは、数ある化粧品の中でももっともイメージに頼って販売される品物だろう。マスカラやファンデーションを選ぶときを考えてみればわかるけれど、落ちにくいとか乾燥しないなんてことは、およそ香水には関係ない。純粋にイメージのみで選ぶようなものだ。
パッケージ、広告のビジュアルイメージ、それに商品名、すべてがこのイメージを形成する要素となっているのだけれど、そのイメージを集約するのはやはりネーミングだろう。ゲランの夜間飛行やMITSUKO、イヴ・サンローランのイン・ラヴ・アゲインにベビー・ドール、ジバンシィのウルトラマリン。中でももっともアブストラクトな名前をつけるのがカルバン・クラインだ。ETERNITY、ONE、それにTRUTH。ある人物像をイメージするにはおよそ不向きな、抽象度の高い名前ばっかりだ。
抽象度が高いということは、単純であることと、単純であるがゆえに多義的であることを意味する。北北西より北西の方が抽象度は高い。示せる範囲は広く、言葉としては単純だ。
意味がひとつしかないんじゃ、色んなものを含むことができないから、抽象度が高くなりようがない。言葉の示す範囲を細かくし限定ていったんじゃ、含むことのできるものが少なくなるから、やっぱり抽象度は低くなる。
フランスの作り出したもっとも抽象的な名前の香水はシャネルのNo.5だろう。けれどカルバン・クラインの香水はいつも、それに較べてあまりに強固で、単純な印象を与える。多義的と言うよりは、まるで数学の公式がそうであるように、5+7=12であるということのように、単純な力強さを。
そこがとてもアメリカ的に思えて(どこまでが偏見かは私には言えないのだが、作戦名に「無限の正義」とつけようとする国なのだ)、何でかいつも、『羊たちの沈黙』のレクターを思い出す。"Simplicity."とクラリスに言い聞かせるレクターの声を。
煙草という親しい悪徳のおかげで鼻は利く方じゃないけれど、香水に関してはやっぱりフランスのブランドに一日の長があるように見える。アメリカのブランドっていうと、何だ、カルバン・クラインとか、クリニークとか、トミー・ヒルフィガーとか、エスティ・ローダーか。いまひとつ複雑さに欠ける香りが多い。
香水というのは、数ある化粧品の中でももっともイメージに頼って販売される品物だろう。マスカラやファンデーションを選ぶときを考えてみればわかるけれど、落ちにくいとか乾燥しないなんてことは、およそ香水には関係ない。純粋にイメージのみで選ぶようなものだ。
パッケージ、広告のビジュアルイメージ、それに商品名、すべてがこのイメージを形成する要素となっているのだけれど、そのイメージを集約するのはやはりネーミングだろう。ゲランの夜間飛行やMITSUKO、イヴ・サンローランのイン・ラヴ・アゲインにベビー・ドール、ジバンシィのウルトラマリン。中でももっともアブストラクトな名前をつけるのがカルバン・クラインだ。ETERNITY、ONE、それにTRUTH。ある人物像をイメージするにはおよそ不向きな、抽象度の高い名前ばっかりだ。
抽象度が高いということは、単純であることと、単純であるがゆえに多義的であることを意味する。北北西より北西の方が抽象度は高い。示せる範囲は広く、言葉としては単純だ。
意味がひとつしかないんじゃ、色んなものを含むことができないから、抽象度が高くなりようがない。言葉の示す範囲を細かくし限定ていったんじゃ、含むことのできるものが少なくなるから、やっぱり抽象度は低くなる。
フランスの作り出したもっとも抽象的な名前の香水はシャネルのNo.5だろう。けれどカルバン・クラインの香水はいつも、それに較べてあまりに強固で、単純な印象を与える。多義的と言うよりは、まるで数学の公式がそうであるように、5+7=12であるということのように、単純な力強さを。
そこがとてもアメリカ的に思えて(どこまでが偏見かは私には言えないのだが、作戦名に「無限の正義」とつけようとする国なのだ)、何でかいつも、『羊たちの沈黙』のレクターを思い出す。"Simplicity."とクラリスに言い聞かせるレクターの声を。
Bruticus Maximus ― 2006-01-29
人工波発生装置というのが稼働しているビーチがあるんだそうだ。
V8エンジンをツインで搭載し、水深10センチの水から最大10メートルの波を作り出す。波を待ち焦がれるサーファーたちを狙ったレジャー施設を作ろうというわけだ。
サーフィンをする知り合いはひとりもいないのだけれど、あるいはそのためか、サーファーにはちょっとした憧れを持っている。まず健康的だし、身体を使うわけだし、彼らは砂浜で波を待ち続け、波は、決して思うとおりにはならず、冬には冷たく際限のない波がサーファーズイヤと呼ばれる病気を引き起こすし、自然はあまりにも気まぐれな一方でとてつもなく退屈に規則的で、干潮も満潮も誰のことも待ってはくれない。人が待つしかない。サーファー達も、自分たちの文化がナチュラルでスピリチュアルであることを、気負いなく誇りに思っているんじゃないかと…だから憧れだ。
サーフロックとかサーフミュージックと言われる音楽が、ジャンルとしてメジャーストリームのひとつとして定着しつつある。こうした音楽は単なるポップミュージックのひとつに聞こえるのだ。つまり、敢えてジャンルとして切り分ける必要を感じないのだけれど、ここ一年半くらいソウル、R&B、ブルースとかジャズばっかり聴いていて、しみじみわかった。
サーフミュージックをそれとして分類するのは、朝と昼間(しかも午前中の、まだ太陽が昇りきる前)に聴いていい感じ、という時間帯による分類なんだろう。たとえばジャズは真夜中の音楽で、早朝に聴くには向いていない。ブルースも日暮れの後の方がいい。ロックは放課後の音楽だ----ほんとうは違ったのだろうと思うし、放課後の音楽でないロックだってもちろんあるけれど、大多数は、今では。
身体をきちんと使い、頭をしっかり働かせ、今、自分に必要な音楽が何かを理解できるなら、それ以上のものなんかなくても何とかなる、たぶん。
V8エンジンをツインで搭載し、水深10センチの水から最大10メートルの波を作り出す。波を待ち焦がれるサーファーたちを狙ったレジャー施設を作ろうというわけだ。
サーフィンをする知り合いはひとりもいないのだけれど、あるいはそのためか、サーファーにはちょっとした憧れを持っている。まず健康的だし、身体を使うわけだし、彼らは砂浜で波を待ち続け、波は、決して思うとおりにはならず、冬には冷たく際限のない波がサーファーズイヤと呼ばれる病気を引き起こすし、自然はあまりにも気まぐれな一方でとてつもなく退屈に規則的で、干潮も満潮も誰のことも待ってはくれない。人が待つしかない。サーファー達も、自分たちの文化がナチュラルでスピリチュアルであることを、気負いなく誇りに思っているんじゃないかと…だから憧れだ。
サーフロックとかサーフミュージックと言われる音楽が、ジャンルとしてメジャーストリームのひとつとして定着しつつある。こうした音楽は単なるポップミュージックのひとつに聞こえるのだ。つまり、敢えてジャンルとして切り分ける必要を感じないのだけれど、ここ一年半くらいソウル、R&B、ブルースとかジャズばっかり聴いていて、しみじみわかった。
サーフミュージックをそれとして分類するのは、朝と昼間(しかも午前中の、まだ太陽が昇りきる前)に聴いていい感じ、という時間帯による分類なんだろう。たとえばジャズは真夜中の音楽で、早朝に聴くには向いていない。ブルースも日暮れの後の方がいい。ロックは放課後の音楽だ----ほんとうは違ったのだろうと思うし、放課後の音楽でないロックだってもちろんあるけれど、大多数は、今では。
身体をきちんと使い、頭をしっかり働かせ、今、自分に必要な音楽が何かを理解できるなら、それ以上のものなんかなくても何とかなる、たぶん。