詩人にはなれない ― 2009-06-09
「どうしてボクサーになったのか」と尋ねられて「詩人にはなれない。物語を語るやり方を知らないから」と答えたボクサーがいる。バリー・マクギガンというイギリスのフェザー級のボクサーで、1960年生まれ。…ということはもちろん、この台詞はモハメド・アリを念頭に置いているのだ。実際、アリの詩は詩などと呼べるものではなかった。60年のローマ五輪で金メダルを獲ってプロになったばかりの、キャリアがまだ浅かった頃のアリは、メディアの注目を集めるために詩(のようなもの)を試合前に読み上げてみせたのだ。対戦相手が"hit the floor, in the round four"みたいな、かろうじて韻を踏んでるだけの代物だった。
帰宅したら、BSハイビジョンでスリラ・イン・マニラを、1975年マニラ、モハメド・アリ対ジョー・フレイジャーの三度目の対決を特集した番組をやっていて驚いた。それでこれを書いている。
この試合でのアリは驚くほど動かないので、初めて見たときにはちょっと意外に思った。もっと軽やかにステップを踏むのかと思っていたのだ。だってモハメド・アリといえば"Float like a butterfly, sting like a bee"ではないか。でも、75年のモハメド・アリはすでに32歳で、試合のあいだじゅう華麗なフットワークを駆使することはできなかった、と今は知っている。さて、モハメド・アリが"Float like a butterfly, sting like a bee"と言ったのは、いったい何歳のときだったのだろう。60年代の初めだったことには間違いない。ソニー・リストンを倒した頃かな。
テレビ番組では、今は自分のジムで寝泊まりしているというジョー・フレイジャーが映し出され、当時の試合についてコメントを残していた。それを見ていて、フレイジャー戦がテレビ的にはいちばん無難なんだろうなーと穿った感想が頭をよぎった。
アリの最初の大きな勝利であるソニー・リストン戦は、こんなふうに特集することはできないだろう。ソニー・リストンも偉大なヘビー級ボクサーで、ビリー・ジョエルのヒット曲"We Didn't Start the Fire"には「リストンがパターソンを倒した」という出来事が出てくるくらいだが、1971年の年明け早々、ラスベガスの自宅で死んでいるのを発見された。警察当局は死因をヘロインのオーバードーズだと結論づけたが、リストンは先端恐怖症というか、針を怖がっていることで知られていたことや、その少し前に自動車事故を起こしていたらしいという話もあって、実際は違ったんじゃないかとも言われているが。「伝説の名勝負を当時を知る人の証言とともに再現」なんて番組で放送できる内容じゃないんだろうな。「キンシャサの奇跡」を戦ったジョージ・フォアマンだったら40歳でのカムバックに触れないわけにいかないだろうし、そうするとフォアマン自身を主役に据えた方が番組を作りやすい。一度目の対戦でアリの顎を骨折させ、二戦目で判定負けしたたケン・ノートンもいるが、引退後に交通事故に遭って確か右半身不随じゃなかったか。わかりやすく感動するにはちょっとつらい。
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