セックスと暴力 ― 2006-03-06
岡本太郎というひとのことは、知ってはいたけれどもあまり興味がなかった。派手な色彩を撒き散らすことが現代美術だというイメージはこのひとが作ったものなのかなと思うくらいで、太陽の塔も美的価値が…と言われたら「部屋に置いておきたいとは思えない」っていうのが正直なところ。
週末、向ヶ丘遊園の岡本太郎美術館へ遠足に行った。(この日は岡本太郎美術館と切手の博物館という、二つのニッチなミュージアムを訪ねる遠足だったのだ)
美術館へ入る前にテラスでお茶を飲んだのだけれど、池の中に配置されたオブジェは、何というか…女性器か肛門みたいだった。へええこんななの?と思って中に入ると、それはもう分かりやすくセックスと暴力の世界なのだった。特に1940年代に制作された絵画作品に顕著な傾向で、炎みたいな朱色と閃光めいた黄色が、黒いよどんだ背景に散り、暗い鉄のような青色と流れる血の色が、かたちの定まらない不吉な割れ目からあふれ出しているかのようだった。ああ、戦争の絵なのか。
その後の展示スペースでは、椅子や彫刻作品の方が多かった。どうも岡本太郎にとっては、びょんびょん飛び出しているのが「よきもの」の象徴なんではないかと思う。繊維強化プラスティックやブロンズの作品には、どれも彗星の引く短い尾みたいなものが何本もくっついていた。撫で回し抱きしめたいほど好きな彫刻があったとして、部屋に置いて折に触れ愛でるためには、はっきり言って、邪魔だろうなあ。刺さるし。その一方で、「渾沌」というしばしばよろしくない意味を持つ言葉をタイトルに含んだ彫刻は、驚くほどシンプルな四角柱をベースにしているのだった。確かに、岡本太郎にとって「よきもの」とはすべて、外へ向かって放たれるものなのだろう。
週末、向ヶ丘遊園の岡本太郎美術館へ遠足に行った。(この日は岡本太郎美術館と切手の博物館という、二つのニッチなミュージアムを訪ねる遠足だったのだ)
美術館へ入る前にテラスでお茶を飲んだのだけれど、池の中に配置されたオブジェは、何というか…女性器か肛門みたいだった。へええこんななの?と思って中に入ると、それはもう分かりやすくセックスと暴力の世界なのだった。特に1940年代に制作された絵画作品に顕著な傾向で、炎みたいな朱色と閃光めいた黄色が、黒いよどんだ背景に散り、暗い鉄のような青色と流れる血の色が、かたちの定まらない不吉な割れ目からあふれ出しているかのようだった。ああ、戦争の絵なのか。
その後の展示スペースでは、椅子や彫刻作品の方が多かった。どうも岡本太郎にとっては、びょんびょん飛び出しているのが「よきもの」の象徴なんではないかと思う。繊維強化プラスティックやブロンズの作品には、どれも彗星の引く短い尾みたいなものが何本もくっついていた。撫で回し抱きしめたいほど好きな彫刻があったとして、部屋に置いて折に触れ愛でるためには、はっきり言って、邪魔だろうなあ。刺さるし。その一方で、「渾沌」というしばしばよろしくない意味を持つ言葉をタイトルに含んだ彫刻は、驚くほどシンプルな四角柱をベースにしているのだった。確かに、岡本太郎にとって「よきもの」とはすべて、外へ向かって放たれるものなのだろう。