カジノ・ロワイヤル ― 2007-01-02
新年あけましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりました。今年もよろしくお願いします。
すごく久しぶりに映画観てきました。『007 カジノ・ロワイヤル』です。
今度のジェームズ・ボンドはえらく地味ですが、脱ぐと筋骨隆々のマッチョマンでした。お話の方はと言うと、「ジェームズ・ボンドが007になるまでの物語」ということで、はっきり言って普通のアクション映画なんじゃないかと思うことしきり。だって女にディナージャケット選んでもらってるんだもんなあ、ボンド。
007シリーズは言ってみれば、『課長島耕作』みたいなものなんだと思います。仕事/女/仕事/女…という二つの事柄でストーリーが構成されている、大人の男の話です。サラリーマンのお兄さんやおじさんがすかっとするための物語。イギリスには『モーニング』みたいな週刊の漫画誌がない代わりにみんな映画館に行ってるんじゃないですかね。
今回の『カジノ・ロワイヤル』では、ジェームズ・ボンドはまだ二十代の終わりか三十代の初めという設定なので、そのくらいの年頃のサラリーマンが「面白い!」と言えばそれでいいんじゃないかと思っています。きっとデートで観に行って、「最後の勝負だけどさあ、五枚のカードが出た時点でボンドの手なんか読めちゃうよねー」とか言ってちょっといいとこ見せようとして、女の子が内心バカにするのです。
…さ、売り払うCDのインポートの続きやろう(まだ終わっていない)。
すごく久しぶりに映画観てきました。『007 カジノ・ロワイヤル』です。
今度のジェームズ・ボンドはえらく地味ですが、脱ぐと筋骨隆々のマッチョマンでした。お話の方はと言うと、「ジェームズ・ボンドが007になるまでの物語」ということで、はっきり言って普通のアクション映画なんじゃないかと思うことしきり。だって女にディナージャケット選んでもらってるんだもんなあ、ボンド。
007シリーズは言ってみれば、『課長島耕作』みたいなものなんだと思います。仕事/女/仕事/女…という二つの事柄でストーリーが構成されている、大人の男の話です。サラリーマンのお兄さんやおじさんがすかっとするための物語。イギリスには『モーニング』みたいな週刊の漫画誌がない代わりにみんな映画館に行ってるんじゃないですかね。
今回の『カジノ・ロワイヤル』では、ジェームズ・ボンドはまだ二十代の終わりか三十代の初めという設定なので、そのくらいの年頃のサラリーマンが「面白い!」と言えばそれでいいんじゃないかと思っています。きっとデートで観に行って、「最後の勝負だけどさあ、五枚のカードが出た時点でボンドの手なんか読めちゃうよねー」とか言ってちょっといいとこ見せようとして、女の子が内心バカにするのです。
…さ、売り払うCDのインポートの続きやろう(まだ終わっていない)。
新春特大号300円 ― 2007-01-09
『THE BIG ISSUE JAPAN』を買う。
最寄り駅で見かけたのは初めてだったのでついつい買ってみた。表紙はニコール・キッドマンで、その前はどうもアンジェリーナ・ジョリーだったらしい(何冊か置いてあった)。いちばん面白かったのは「世界の凧」という記事。なんてことないコラムだが、凧揚げ好きの私にはとても嬉しい記事だった。
『THE BIG ISSUE』の本家はイギリスで、ホームレスの人しか売ることができない。この雑誌の売上金のおよそ半分がホームレスの人の収益になる。薄っぺらいけど広告が少ないから、読む部分はそれなりにある。歩き回った場所が場所だからか、向こうで買ってる人を見かけることはほとんどなかった。あれだけ無料の新聞が出回っていたら、みんなわざわざ1.5ポンドも出して雑誌なんか買わないのかもしれない。
しかしどうして巻頭からニコール・キッドマンで、U2の来日公演の記事が続くのだろう。自分にとってあまり意味のない誰かの、その人自身についての話は、あまり読む気がしない。そうした記事は往々にして、その人自身に興味のある読者に意味のあるものだ。いったい誰に向けての雑誌なんだと思うと、誰が買ってるのかよくわからないのは日本もどこでもきっと同じだという気がしてくる。
それで思い出したんだけど、去年の十一月、私はドレスを買うべきかどうかすごく悩んでいたのだった。COREDO日本橋のUNITED ARROWSでショーウィンドウにかかっていたカフェオレ色のドレスを買うべきかどうか。
買おうかなと迷っていたのは、十二月のロンドン出張中にパーティがないとも限らないからで、買わないでおこうと思ったのは、ドレスなんて着ていく場所がないからだ。実際の出張中に買っておけばよかったと後悔したのはロイヤルオペラハウスに『スペードの女王』を見に行ったときで、真っ赤なドレスに赤いハイヒールを履いたラテン系のお姉さんとか、白いドレスを着た金髪の女の子とかを見ると、会社の帰りで黒っぽいスーツを着ているのがちょっと後ろめたくなった。だけど「買っておけばよかった」と思ったのは、結局その一回きりだ。後は何度かパーティもあったけど、みんな砕けた服装の、アットホームなそれだった。
何が言いたいかというと、多くの女性誌の十一月発売の号で「クリスマスパーティに向けたドレスの着こなし」について記事を載せていたのは、いったい誰へ向けてのものだったんだろう、ということだ。
最寄り駅にある丸井の広告写真ではしょっちゅうドレスが取り上げられる。いちばん目立つショーウィンドウには今もドレスが飾られていて、しかし、いったいいつ着るものなのかはよくわからないのだ。ショーウィンドウでやたらドレスが目につくなあと思い始めた頃は「友達のウェディングパーティにおよばれ」というシチュエーションの広告写真が店内にあったのだけど、今ではそれもないように思う。つまり、ドレスを広告することは日常的になっちゃったのではないか、と。
言えることは、少なくとも私のような生活をしているOLにはドレスを着る機会はそれほど多くなく、しかし、ドレスの広告は確実に増えている気がする、ということだ。でも、ドレスを日常的に着る機会のある女の人と、そうでない女の人なら、後者の方が圧倒的に多い。
最近、雑誌を読むといつも同じことを考える。で、これって誰が読むんだろう? そう思うのは、読んでいて「これは私には要らねーなあ」と思うことが多いからで、「この記事はどうでもいいなあ」ですらない。どうでもよくって、しかも、あんまり面白いと思っていないからである。
それならばいっそ、最初から自分の読むものじゃない方が面白く感じるわけで、去年私がいちばんよく読んだ雑誌は『SURF1』だった。今年は何を読むだろう。
最寄り駅で見かけたのは初めてだったのでついつい買ってみた。表紙はニコール・キッドマンで、その前はどうもアンジェリーナ・ジョリーだったらしい(何冊か置いてあった)。いちばん面白かったのは「世界の凧」という記事。なんてことないコラムだが、凧揚げ好きの私にはとても嬉しい記事だった。
『THE BIG ISSUE』の本家はイギリスで、ホームレスの人しか売ることができない。この雑誌の売上金のおよそ半分がホームレスの人の収益になる。薄っぺらいけど広告が少ないから、読む部分はそれなりにある。歩き回った場所が場所だからか、向こうで買ってる人を見かけることはほとんどなかった。あれだけ無料の新聞が出回っていたら、みんなわざわざ1.5ポンドも出して雑誌なんか買わないのかもしれない。
しかしどうして巻頭からニコール・キッドマンで、U2の来日公演の記事が続くのだろう。自分にとってあまり意味のない誰かの、その人自身についての話は、あまり読む気がしない。そうした記事は往々にして、その人自身に興味のある読者に意味のあるものだ。いったい誰に向けての雑誌なんだと思うと、誰が買ってるのかよくわからないのは日本もどこでもきっと同じだという気がしてくる。
それで思い出したんだけど、去年の十一月、私はドレスを買うべきかどうかすごく悩んでいたのだった。COREDO日本橋のUNITED ARROWSでショーウィンドウにかかっていたカフェオレ色のドレスを買うべきかどうか。
買おうかなと迷っていたのは、十二月のロンドン出張中にパーティがないとも限らないからで、買わないでおこうと思ったのは、ドレスなんて着ていく場所がないからだ。実際の出張中に買っておけばよかったと後悔したのはロイヤルオペラハウスに『スペードの女王』を見に行ったときで、真っ赤なドレスに赤いハイヒールを履いたラテン系のお姉さんとか、白いドレスを着た金髪の女の子とかを見ると、会社の帰りで黒っぽいスーツを着ているのがちょっと後ろめたくなった。だけど「買っておけばよかった」と思ったのは、結局その一回きりだ。後は何度かパーティもあったけど、みんな砕けた服装の、アットホームなそれだった。
何が言いたいかというと、多くの女性誌の十一月発売の号で「クリスマスパーティに向けたドレスの着こなし」について記事を載せていたのは、いったい誰へ向けてのものだったんだろう、ということだ。
最寄り駅にある丸井の広告写真ではしょっちゅうドレスが取り上げられる。いちばん目立つショーウィンドウには今もドレスが飾られていて、しかし、いったいいつ着るものなのかはよくわからないのだ。ショーウィンドウでやたらドレスが目につくなあと思い始めた頃は「友達のウェディングパーティにおよばれ」というシチュエーションの広告写真が店内にあったのだけど、今ではそれもないように思う。つまり、ドレスを広告することは日常的になっちゃったのではないか、と。
言えることは、少なくとも私のような生活をしているOLにはドレスを着る機会はそれほど多くなく、しかし、ドレスの広告は確実に増えている気がする、ということだ。でも、ドレスを日常的に着る機会のある女の人と、そうでない女の人なら、後者の方が圧倒的に多い。
最近、雑誌を読むといつも同じことを考える。で、これって誰が読むんだろう? そう思うのは、読んでいて「これは私には要らねーなあ」と思うことが多いからで、「この記事はどうでもいいなあ」ですらない。どうでもよくって、しかも、あんまり面白いと思っていないからである。
それならばいっそ、最初から自分の読むものじゃない方が面白く感じるわけで、去年私がいちばんよく読んだ雑誌は『SURF1』だった。今年は何を読むだろう。
読むそばから忘れていくので ― 2007-01-12
風邪引いて休んでいたので、久々に漫画の話をします。
このあいだ友人に借りた『リストランテ・パラディーゾ』と『クマとインテリ』の二冊です。著者は同じひとのようですが、前者ではオノ・ナツメ、後者ではbassoとされています。後者はボーイズ・ラブ。
どちらもイタリアを舞台としていて、雰囲気重視。適度に余白が多く、ヨーロッパの絵本を読むような気分で読む漫画でしょうね。絵本を読むようにと言うのは、ある意味では「おとぎ話を読むように」という意味ですが、お話がストレートなだけにそう思うのです。
内容は恋愛もの。『リストランテ・パラディーゾ』も『クマとインテリ』も、自分の中にあったような気がする、しかし自分の知らなかったものを、誰かに会って発見するあるいは発見して受け入れるまでのお話です。ストレートだな、というのはそこです。発見した後のお話がこの二作品にはほとんどなかったように思います。
何かを発見した後の話というのは、大まかにいって二パターンあるように思われます。発見した何かをこねくり回すか(ちょっとひねくれるかマンネリか)、発見した何かを失う危機的な問題が外からやってくるか(メロドラマ)。どっちにしても、今のこの漫画家さん(どっちの名前で呼べば)の持ち味とは違うような気がします。
読んでいて、「日本人であるとは日本語で考えること」だというのをあらためて思い出しました。この二冊はどちらも舞台がイタリアですが、日本の漫画の描き方、言ってみれば「日本の漫画語」で描かれた漫画は、やはり日本の漫画なのだなあ、ということです。コマ割りとかエピソードの使い方とか起承転結とか。
去年、「アメリカの漫画語」で描かれた漫画を多く読んでいたためか、ちょっと新鮮でした。
このあいだ友人に借りた『リストランテ・パラディーゾ』と『クマとインテリ』の二冊です。著者は同じひとのようですが、前者ではオノ・ナツメ、後者ではbassoとされています。後者はボーイズ・ラブ。
どちらもイタリアを舞台としていて、雰囲気重視。適度に余白が多く、ヨーロッパの絵本を読むような気分で読む漫画でしょうね。絵本を読むようにと言うのは、ある意味では「おとぎ話を読むように」という意味ですが、お話がストレートなだけにそう思うのです。
内容は恋愛もの。『リストランテ・パラディーゾ』も『クマとインテリ』も、自分の中にあったような気がする、しかし自分の知らなかったものを、誰かに会って発見するあるいは発見して受け入れるまでのお話です。ストレートだな、というのはそこです。発見した後のお話がこの二作品にはほとんどなかったように思います。
何かを発見した後の話というのは、大まかにいって二パターンあるように思われます。発見した何かをこねくり回すか(ちょっとひねくれるかマンネリか)、発見した何かを失う危機的な問題が外からやってくるか(メロドラマ)。どっちにしても、今のこの漫画家さん(どっちの名前で呼べば)の持ち味とは違うような気がします。
読んでいて、「日本人であるとは日本語で考えること」だというのをあらためて思い出しました。この二冊はどちらも舞台がイタリアですが、日本の漫画の描き方、言ってみれば「日本の漫画語」で描かれた漫画は、やはり日本の漫画なのだなあ、ということです。コマ割りとかエピソードの使い方とか起承転結とか。
去年、「アメリカの漫画語」で描かれた漫画を多く読んでいたためか、ちょっと新鮮でした。
体力がない ― 2007-01-13
…とは、長編小説に何となく手が出せないばっかりに、連作短編ばっかり読もうとしちゃうことだ。
と風邪を引いて推理小説を読みながら思った。今回風邪引いて読んだのは大崎梢の『配達あかずきん』と、多島斗志之の『二島縁起』『海上タクシー<ガル3号>備忘録』の三冊。
『配達あかずきん』は、とある駅ビルの六階にある本屋店員の杏子とアルバイトの多絵が本屋がらみの謎を解いていく日常系ミステリ短編連作。本屋の仕事に絡めた謎と好感の持てる店員さんたちの話で、こりゃー書店員の皆さんに受けるのかなー、とうがった見方をしてしまう。出てくる女の子みんな真面目でかわいくて、ああ、となぜか嘆息。書店員の女の人って、皆さん「真面目でかわいい文系女子」って感じに見えるんだ…。代表格が閉店するまで愛用していた飯田橋の文鳥堂書店で、平日の午前中に二階の文庫コーナーにいた子。文章もお話も割りと清潔で真面目で読みやすく、風邪のときに読んでその後家主に渡すには最適。
『二島縁起』と『<ガル3号>備忘録』は一緒に購入。『<ガル3号>備忘録』が連作短編だから『二島縁起』もそうかと思ったが、こっちは長編だった。と言ってもぜんぶで300ページくらいなので体力がなくても読み切れる。七年前に東京の大手広告代理店を辞め、ふらっと流れ着いた瀬戸内で海上タクシーを営んでいる中年男・寺田が主人公。助手の弓が二十代前半の女の子だが、この子も清潔で真面目でかわいい感じ。瀬戸内の海上タクシーという設定がいい。何となく、昔の冒険小説みたいというか、巨悪と戦うサスペンスみたいな雰囲気だった。
風邪を引いたときの推理小説という習慣ももう何年にもなるけど、連作短編というのは、まだ読んでない推理小説でもすでによく知っているシリーズものを読むような気分になる。ペリー・メイスンのテレビドラマを観るときみたいだ。
と風邪を引いて推理小説を読みながら思った。今回風邪引いて読んだのは大崎梢の『配達あかずきん』と、多島斗志之の『二島縁起』『海上タクシー<ガル3号>備忘録』の三冊。
『配達あかずきん』は、とある駅ビルの六階にある本屋店員の杏子とアルバイトの多絵が本屋がらみの謎を解いていく日常系ミステリ短編連作。本屋の仕事に絡めた謎と好感の持てる店員さんたちの話で、こりゃー書店員の皆さんに受けるのかなー、とうがった見方をしてしまう。出てくる女の子みんな真面目でかわいくて、ああ、となぜか嘆息。書店員の女の人って、皆さん「真面目でかわいい文系女子」って感じに見えるんだ…。代表格が閉店するまで愛用していた飯田橋の文鳥堂書店で、平日の午前中に二階の文庫コーナーにいた子。文章もお話も割りと清潔で真面目で読みやすく、風邪のときに読んでその後家主に渡すには最適。
『二島縁起』と『<ガル3号>備忘録』は一緒に購入。『<ガル3号>備忘録』が連作短編だから『二島縁起』もそうかと思ったが、こっちは長編だった。と言ってもぜんぶで300ページくらいなので体力がなくても読み切れる。七年前に東京の大手広告代理店を辞め、ふらっと流れ着いた瀬戸内で海上タクシーを営んでいる中年男・寺田が主人公。助手の弓が二十代前半の女の子だが、この子も清潔で真面目でかわいい感じ。瀬戸内の海上タクシーという設定がいい。何となく、昔の冒険小説みたいというか、巨悪と戦うサスペンスみたいな雰囲気だった。
風邪を引いたときの推理小説という習慣ももう何年にもなるけど、連作短編というのは、まだ読んでない推理小説でもすでによく知っているシリーズものを読むような気分になる。ペリー・メイスンのテレビドラマを観るときみたいだ。
TOKYO DRIFT ― 2007-01-29
『ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT』を観る。
そんなアホぽい映画に興味のない方も、妻夫木が"GO!"とやっていたCMのやつと言えばおわかりになるかもしれない。ほとんど感動的なくらいアホな映画であった。東京の立体駐車場では露出度の高い格好をした女の子がボンネットを開けて改造されたスープラとかソアラとかをチェックしており、あるいはジャパニーズラップで踊りながらレースの開始を待ち、そして路上ではスカイラインに乗ったギャルの二人組が、自分の車の周りをドリフトでくるくる回った男の子に紙に書いた電話番号を渡してくれる。埠頭の釣り人は主人公の闇雲なドリフト練習を後目に「カウンターステアが遅いんだよな…」と呟き(本物のドリフトキング)、主人公に赤いランサーエボリューションをくれるハンは「俺がこの街にいるのはアメリカの犯罪者がメキシコに逃げるのと同じだ」と語る。いい奴も悪い奴もみんなアホ! 楽しいじゃないか!
仕事ででかいヤマがあったためにこの一週間ちょっと気が抜けていたのが、これ観てますます気が抜けた。いやーやっぱり暴走族ネタは楽しいなあ!
中学校時代の同級生には結構ヤンキーがいた。高校に行ってつき合いはきれいさっぱり途絶えたが、たまに幹線道路沿いのTSUTAYAの前なんかで出くわすと、気さくに声を掛けてくれたものだ。だぼだぼのジャージにサンダルという格好でグリコのセブンティーンアイスの自販機の前でしゃがみ込んで、下品な大声で笑っていた。高校の頃の私は「何やってんだろうなあこいつら」と関わり合いになることを避けていたのだが、今思うと本当にもったいないことをした。布袋寅泰のテープとかくれた子は元気だろうか。
『ワイルドスピード』がアメリカで受けて続編も作られたということは、暴走族ものの需要って日本だけじゃないってことかなやっぱり。
そんなアホぽい映画に興味のない方も、妻夫木が"GO!"とやっていたCMのやつと言えばおわかりになるかもしれない。ほとんど感動的なくらいアホな映画であった。東京の立体駐車場では露出度の高い格好をした女の子がボンネットを開けて改造されたスープラとかソアラとかをチェックしており、あるいはジャパニーズラップで踊りながらレースの開始を待ち、そして路上ではスカイラインに乗ったギャルの二人組が、自分の車の周りをドリフトでくるくる回った男の子に紙に書いた電話番号を渡してくれる。埠頭の釣り人は主人公の闇雲なドリフト練習を後目に「カウンターステアが遅いんだよな…」と呟き(本物のドリフトキング)、主人公に赤いランサーエボリューションをくれるハンは「俺がこの街にいるのはアメリカの犯罪者がメキシコに逃げるのと同じだ」と語る。いい奴も悪い奴もみんなアホ! 楽しいじゃないか!
仕事ででかいヤマがあったためにこの一週間ちょっと気が抜けていたのが、これ観てますます気が抜けた。いやーやっぱり暴走族ネタは楽しいなあ!
中学校時代の同級生には結構ヤンキーがいた。高校に行ってつき合いはきれいさっぱり途絶えたが、たまに幹線道路沿いのTSUTAYAの前なんかで出くわすと、気さくに声を掛けてくれたものだ。だぼだぼのジャージにサンダルという格好でグリコのセブンティーンアイスの自販機の前でしゃがみ込んで、下品な大声で笑っていた。高校の頃の私は「何やってんだろうなあこいつら」と関わり合いになることを避けていたのだが、今思うと本当にもったいないことをした。布袋寅泰のテープとかくれた子は元気だろうか。
『ワイルドスピード』がアメリカで受けて続編も作られたということは、暴走族ものの需要って日本だけじゃないってことかなやっぱり。