復旧週間2007-04-29

XPがいかれたもんで、この一週間ひどい目に遭っていた。
いや、普段からバックアップ取っておかない私が悪い。音楽ファイルのサルベージに明け暮れていたがようやく復旧。同僚に聞いたら外付けHDD三つにバックアップ取ってると言っていた。曰く、「三つあれば最悪どれかは生きてるでしょう」
そこまでしたいとは思わないが、今となってはCDもないし、もっと大事にしなくちゃな。ようやく復旧したのでWayne Shorterの60年代のアルバムを立て続けに聴いている。ちょっと肌寒いがいい夜で、こういうときにはWayne Shorterはいい、と思う。何の憂いもないクールネスがびしっと行き届いている感じ。ああ、Guiness飲みたくなってきた。
ちなみに今聴いている"Juju"には"Mahjong"というナンバーが入っていて、この曲の雰囲気で麻雀漫画ネタというのは非常においしいと思いませんか?とネタを提出してみる。ちょっと恥ずかしいくらいかっこいい麻雀だな。日の短くなってきたのがわかる初秋の暮れ方に打ち始めて、半荘四回くらい打った後、店に入るときにはいなかったホストクラブや風俗のキャッチを後目に新大久保あたりの中華料理店で老酒と生姜で蒸した上海蟹でも食べる感じ。『天牌』なら津神の、福本漫画なら平井銀二の役どころ。麻雀ネタはJazzyに行きましょう。

その麻雀漫画、こともあろうに『天牌皆伝』とかいうこれまでのストーリー(「天狗」決戦まで)やらキャラクターやらをまとめた本を読んでしまった。うわあ。話に関係ない変な設定とかいろいろ書いてあるよ。"氷の貴公子"三國健次郎が「ありとあらゆるカジノギャンブルに長けている」とか、その弟"絶対感性"菊多賢治が「英語・仏語・独語を原書で読みこなす読書家で、ニーチェとキルケゴールが好き」とか、びっくりするより笑ってしまう。それにしてもこの兄弟、何で長兄が「健次郎」なんだ? 何かあったのか?
『天牌』も30巻越えだし、だいぶダレてきてるみたいだけど、三國と菊多の兄弟対決はそれでも見たいという人多そうだな。私もこの兄弟は好きだ。面白いし、汚くない。菊多は三國の異父弟なのだが、三國自身は三年前までその存在を知らなかった。自分を捨てた母親が死の間際に連絡をしてきたとき、最期に三國に託したのが、幼少時の虐待のおかげで極端に身体の弱い弟なのである。三國は菊多の面倒をみながら(何か山奥の病院に入院させてたぽいが)手慰みに麻雀を教えたところ「信じがたい才能を秘めてやがった」のだそうで…てことは何か、菊多の麻雀歴はたった三年か。たった三年で「坊やの中でこの降り打ちは何年引き摺っちまうのかな…」とか言ってるのか。
ロマン主義闘牌では「人生の厚み」が物を言うことになってるのだが、人生がはんぺんのように分厚くて才能があれば、若い身空で骨身を削って努力してる伊藤とか五十を超えて円熟味を増したはずの八角とかより全然強いのかと思うと、無慈悲だなあ。

で、ちょっと『漫画ゴラク』本誌も見てみた。今度こそ伊藤がだめになる話を描くのかな、と思わせるけど、どうだろうなあ。『天牌』の前半では谷口隆が死に、黒沢もまた姿を消すのだけど、それ以降は真に誰かがだめになることはない。津神にこてんぱんにされた伊藤が二度目の対局を挑む赤坂でも、また、女房子供を人質に取られた奥寺が戦う長野でも、それなりにはらはらさせるけど非情なことにはならなかった。赤坂のシーンでは「こいつは負けたら麻雀をやめる覚悟で来てる」とか言っていたのになあ。谷口の死とそれ以降の黒沢ほどの物語的な必然性がなくって殺せないのだろうか。
伊藤は現役の東大生で大変に恵まれた人物として登場し、その後、弾みがついたボールのようにまっすぐ坂道を転がり落ちていくのだけれど、そろそろどうにかしてやればいいのでは。伊藤は渋谷の路上で突っ伏して泣き出したり、ちんぴらに殴られて路地裏に転がってみたり、あげく刺青しょってみたりと、わかりやすくも切実なダークサイド・オブ・ザ・ムーンに余念がないのだが、dark/lightしかないんだもの伊藤…。
しかし考えてみると、谷口が死に黒沢も消え、これで伊藤が完全に麻雀を降りてしまったら、黒沢一家で残るのは主人公の瞬ひとりになるのか。…いいじゃないかその展開!