機能と固有名2009-07-11

iPodが壊れた。しかも同時に壊れた。

古いiPod nanoとClassicの両方がいっぺんにお亡くなりになった。iPodは修理できない…というのは有名な話だし(その後変化があったなら別だが)、何かやばそうな兆候が出てきたときから覚悟はしていた。大切にしたいプレゼントにiPodをもらうのは微妙な気持ちになってしまう所以でもある。一度おかしくなったらそこでさよならだ。修理に出して返ってきたら、それはもう、大事にしていたのとは別のiPodだ。
昔、旧約のアブラハムのところだったか、えらく乱暴な神様というやつは、「あ、子供死んじゃったの? じゃあ代わりにもうひとりあげる」って感じで、別の子供をくれるという話があった。なんという『チェンジリング』。ファンクションさえ同じなら別の子供でもいいのである。

そして早くも、代わりのiPodを注文した。探せば同等の機能を持つより素晴らしい、修繕可能なプレイヤーが見つかるかもしれないが、いかんせん繁忙期で検討する時間がない。Webサイトから購入したら刻印サービスとかいうのがあった。リンクページのURLにはpersonalizeの文字がある----「自分だけの」iPodというわけだ。座右の銘のひとつと名前を入れてみたが、刻印には固有性の演出以上の意味はない。ここで言うpersonalizeが意味しているのは、世の中に数多あるiPodの中で「このiPodだけにはこの名前がついている」という演出のことなんだが、たとえばの話、佐藤さんや鈴木さんが苗字を彫ったってその文字列が特別なわけではない、シリアルナンバーの方がよほどユニークだ。それでもiPodに名前を彫るとしたらそれは、この名前のiPodがスペシャルなんじゃなくて、このiPodをスペシャルな何かにしたいからだ。なんという自家撞着。クリプキ先生、何か言ったってください。

『チェンジリング』のベースとなったゴードン・ノースコット事件の犯人は、性的虐待を加えるために何人もの少年を誘拐し監禁し、最後には殺害した。犯人にとって少年は、ファンクション以外の意味など持たなかっただろう。だがクリスティン・コリンズにとってはウォルターだった。

ところで私は、もう動かなくなったiPodを捨てられないでいる。

コメント

_ まつの ― 2009-08-17 14:16:04

ごぶさたしております。柄谷の「言葉と悲劇」の「固有名をめぐって」にもアブラハムの話が出てきてそこから反復しえないものの反復というたいへんきまぐれロマンティクな価値論に展開するんでしたっけ。iPodにかぎらず、金属の輪っかなどになにやら彫り込みたがるロマンティックな人々はたくさんいるのですが、そんなことしなくてもそれは唯一無二のそれであってほしいものだとおもうのも、また、かなりロマンティックであるのかもしれません。こういうばあい、物の価値はその交換可能性で決まる。という観点から、固有名的な「意味」は交換できないので無価値だから、そのシンボルをiPodの表面に彫り込んだりすると、下取りの価値がだいぶ下がりそうなので、やめてくれ。というほうが、非ロマンティックであるが、現実的な感想といえるのでしょうか。

_ V.R.M. ― 2009-08-29 01:25:44

わーまつのさん!お久しぶりです。全然気がつかんとすみません…夏ばてでもインフルエンザでもないんですが。

同じような機能で200Gくらい入る音楽プレイヤーがあればよかったのですが、寡聞にして知らずiPod3台目を愛用しています。

シンボルを刻みつけておくのが好きだというのは、何かちょっとヤンキー的な価値観を思わせませんか。あちこちに署名を残すとか、刺青の柄は何にするかとか、そういうのと似ている気がします。
それと較べると、固有名は選べないってところがポイントで、その意味でもシリアルナンバーの方が似合いに思えるんですけどね。

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