やがて冬が来る2008-09-04

今年大学を卒業したばかりだという新人の女の子---ジェシカ・アルバとちょっと似た感じのギャルだ---を見てると、ロバート・B・パーカーのいちばん傑作『初秋』を思い出す。

ポールにとって今はまだ初秋だ。おれがうまくやれればの話だが。

…みたいな一節があった。もはや両親には頼れない十五歳の男の子を、スペンサーが一人前の男(の一歩手前)まで育てあげるのだ。生きていくには準備がいる。冬が来るまでにはもういくらもなくて、彼は早いところ大人にならなくてはいけない。

もし彼女が、今後十年あの業界で働いていくつもりなら、さっさと夏を終わらせた方がいい。だが、どうなんだろう。私は彼女ほど容貌や家柄に恵まれた女子に育ったことがないから、ひょっとしたらこのままで彼女はうまく行くんじゃないかと思えてしまう。たまたま今は、そういうアピーリングな資質よりも即戦力になれる能力を重視せざるをえないデスマーチのまっただ中に放り込まれただけであって、そうでなかったらうまくやれる子なのかもしれない。

イヤやっぱ違うかもという思いもあって、それは前職で、同じように若くて美しく適性のない女の子が、就職した初年度で会社を辞めていった例をいくつか知っているからだ。SEは、適性のある人間からすると誰にでもできる職業のように思えるが、実際には最低限の適性は必要だ。

私がうまくやれれば初秋なのかもしれない。だけど今は私にその余裕がない。相手が男だったら間違いなく「やがて冬が来る」と言い切っただろうけど、ハイビスカス柄のジェルネイルが辿々しくキーボードを叩くのを横目で見ながら、世の中には冬ってものがあるんだと言い切れないでいる。

Walk Straight Line2008-09-17

最初にロンドン出張に行ったのもちょうどこの時期で、あれから二年が過ぎて今では別の会社で働いているのだが、やはり、この時期に出張に行く行かないで揉めている。いや、行くんだろうな、行かざるを得ないだろう。またロンドンの仕事だとわかってたら、四月に行くんじゃなかったよ…と言っても今度の出張はたった一週間で、そのあいだ、寝る間も惜しんで働くことになる。前後の休日は移動で潰れるだけだし、凧は一応ぐにゃぐにゃを持ってくけど、ビジネスクラスじゃないし、何とまあ、自分のことだが他人事のように言うしかない。

そうなると悲しいのは、大半のパブが12時までしか開いていないことだ。せめて1時まで…1時までやってくれていればな…。今回の唯一の楽しみはおそらく、ひとりでパブに行くことだというのに。別に特別なパブじゃなくていい。サッカー観戦がうるさいのはちょっと勘弁してほしいが、リーマンばかりのシティのパブでも、地元のおっちゃんがスロットマシンに興じてても、裏側がゲイパブでもいいから、ひとりで入ってって大人しく飲ませてくれればいいのだ。

No, not drunk enough to say I love you.

お仕事ですか?2008-09-29

行き帰りの飛行機でPC用の電源が借りられず、仕事ができなかったおかげで、うとうとしながら4本の映画を観た。

『アイアンマン』は思ったより普通だった。普通といっても悪い意味ではない。よくも悪くもエクストリームなアクション映画が増えているなかで、懐かしいロックを並べたBGMと同じく、アメリカの陽性な部分を集めて作ったアクション映画という印象。1800円と思えば高いが、これが10ドルしなければ、ヒットもするだろう。
主人公のトニー・スタークを演じたロバート・ダウニーJr.がはまり役。それから、ヒロインのグウィネス・パルトロウが久々にかわいかった。グウィネス・パルトロウはゴージャスというより、清楚で控えめでかわいらしい。それでいて子供っぽい感じはせず、今回はわりとよかったんじゃないか。

『88ミニッツ』はアル・パチーノ主演作で、次から次へと美女が登場するサイコスリラー。パチーノが演じるのは、FBIの異常犯罪分析に関わる医者にして大学教授、とっかえひっかえ女の子と関係を持つ男。「お前の命は後88分間だ」という脅迫を受けて犯人捜しに奔走する。
…何というか、パチーノ、もう少し髪を切った方がよかったんじゃないか…オーバーサイズのスーツともしゃもしゃの髪と髭が、どう見ても「有能で女たらしの大学教授」ではない。何でそんなうらぶれてるのさ。
サスペンスでいちばん面白いのは、何かものすごく意味ありげで、一つの謎が消えた代わりにもう一つの謎が現れるような事実が、少しずつ明らかになっていく過程だと思う。が、この映画では、時間的場所的に限定されている状況のおかげで、次から次へとひっきりなしに「実は…」という出来事が起こるので、ちょっと食傷気味になってしまった。どんでん返しも行きすぎればギャグにしかならないのと同じだ。

『セックス・アンド・ザ・シティ』のテレビシリーズはまったく見てないが、話は理解できた。過去の経緯とかは知らなくても問題ない。
見所はやはり衣装、衣装、衣装なのだろう。見ていて飽きない。それと下ネタのきわどさ。登場する四人の女性達の中で、主人公のキャリーを除く三人はそれぞれ、笑っちゃうけど日本人なら指摘するのもためらわれるような下ネタな出来事が用意されている。『プラダを着た悪魔』の方がその辺、品はよかったが、逆にパンチに欠けたのもそのせいだ。

『カンフー・パンダ』は面白かった。ただ喋るときでもよく絵が動くし、谷底の見えない吊り橋での対決のようなシーンでも、動きが大きくて風景が生きている。後は、毛玉に覆われたゴムボールのような、やたらと柔軟でよく跳ねるパンダの動きがよい。でっぷりしたおなかがクッションよさそうで、跳ねてみせるのとも違和感がないし、うまい。今回見た四作品の中では、いちばん面白かった。

帰りのフライトで、通路を挟んで隣に座ってたお兄ちゃんが、ものすごい出張巧者ぽかった。席に着くなり携帯用のスリッパとペットボトルのミネラルウォーターを用意、受け取った新聞と漫画文庫を数冊、パンフレットと一緒にまとめておき、U字型のエアー枕を膨らませて装着、ブランケットを膝に掛け、後は眠くなるまで時間を潰して待つ。眠くならなければビール飲んで寝る。ものすごい手際の良さ。「お仕事ですか?」なんて尋ねるまでもない。今後もエコノミーで出張するなら、ぜひ、見習わねば。