アドレナリン・ジャンキー2010-03-22

『ハート・ロッカー』はクリス・ヘッジスの引用で始まる。クリス・ヘッジスの著書『本当の戦争 すべての人が戦争について知っておくべき437の事柄』は戦争に関する437の質疑応答で構成された本だ。戦争および軍隊生活の実際だけではなく、憧れを抱いてしまうような友情や都市伝説めいた陰惨な話まで、戦争映画でありがちなネタの実状を簡潔に説明してくれる本で、事務的とも言える説明の連続だけど、面白い本だ。
ありがちなネタの実状がどんなふうに解説されるかと言うと、たとえばQ305。「下士官や兵卒が上官である士官を殺すことはありますか?」答えはこうだ。「どんな戦争でも、下士官や兵卒は士官を殺している。たいがいの場合、その士官が無鉄砲すぎるか無能であるために、部下の生命が危険にさらされたからだ。士官を"手榴弾でばらす"(フラッギング)という隠語は、ヴェトナム戦争中に生まれた。(中略)ヴェトナムで死んだ士官の二〇ないし二五パーセントが下士官や兵卒によって殺されたことになる。」
映画の冒頭で引用されるのは戦闘の昂揚感、ひいては戦争の中毒性についてだ。"War is drug."と言って映画が始まる。そうか、キャスリン・ビグローはクリス・ヘッジスを読んでるわけか。なるほど読んでるだろうなあ。

2004年のイラク、ブラボー中隊の危険物処理班の任期終了までの一ヶ月少々を描いたこの映画は、ドキュメンタリーっぽい映像でタイトな演出のサスペンスが続き、戦闘状態の緊張感を追体験できる戦争映画だ。危険物処理といっても『クリミナル・マインド』で出てくるような洗練されてはいるがガジェットめいたものではない。白茶けて乾いたゴミの散らばった街中に爆発物。三人一組の危険物処理班は、ひとりが爆発物の処理を行い、二人が援護する。物陰に潜んだ誰かが見張っているかもしれず、周囲に集まってくる民間人の誰かがスイッチを持っているかもしれず、タイマーがついているかもしれず、この爆発物も罠かもしれない。彼らは敵地にいるが敵の姿は見えず、爆発物という脅威だけが地獄のような日差しの下にある。いやホント、見ていて疲れるタイプのアクション映画。

物語は危険物処理班の班長の死から始まる。残されたサンボーン軍曹とエルドリッジ技術兵の新たな上官となるのは、873個の爆発物を処理した記録の持ち主ウィリアム・ジェームス軍曹で、最初の任務からとんでもない有能さと命知らずぶりを発揮して班員をハラハラさせる。ジェームスは明らかにやりすぎている。ヒロイックなところも見せはするが、はっきりと無鉄砲で、常にやりすぎで、「そんな無茶を続けていたら死んじまうぞ」というアクション映画のお約束がそのまま実現してしまいそうだ。あんなに慎重だった前の班長も後一ヶ月のちょっとのところで命を落としたのだ。彼らは最初はジェームスの好戦的な姿勢にうまく行かないが、やがては、チームとしてともに危機的状況に立ち向かい切り抜け、ちょっとした仲間意識さえ持つようになる。しかしジェームスの行動は、チームを思ってもみなかった危険に晒すことにもなるだろう。

で…これどう思えばいいのか。この映画にヒーローがいるならジェームスで、そのジェームスは明らかにコンバット・ハイの中毒だ。それだけならよくある話だが、完璧にジェームスを称揚するわけではなく一定の距離を置いた描き方をしているので、観客は単純にジェームス最高! あれぞ男の中の男! …という気分にはなれない。ジェームスよりむしろ、彼がどこまで行ってしまうのかとハラハラしながら援護するサンボーンに感情移入してしまいそうだ。この点はたぶん娯楽映画としてはマイナスになるようなところだけど、ドキュメンタリー風味にイラク戦争の追体験を提供し、ついでに戦争の現実を見たような気分になる映画としては、プラスに働いている。
で、二時間のあいだぞくぞくするようなスリルと上官としての不適切な判断と感情的な行動につき合った後で、どう思えばいいのか。戦争における英雄って結局こういう男でしょ、ってことなのか? その割りには、この映画のラストは明らかにジェームスを突き放してはいるけども、決して否定はしていないのだ。こういうコンバット・ハイ中毒をたくさん作り上げる戦争の何が楽しいの、ってことなのか? …それを、スリリングな砂漠の狙撃戦が見せ場になるようなエンターテイメントでやるのは難しい。それにジェームスは、そういう変化を描かれるのではない。登場した瞬間から最後までそうなのだ。母国での生活は図式的なくらいくっきりと、平和で慎ましいものとして描かれていて、ジェームスの人間らしい部分を強調したりはするのだが(まだ何もわからない子供に向かっての独白はいいシーンだった)。

そういう意味では、きわめてシビアな映画ながら、まだ、本当に見たくないものは出てこないある種のエレガントさがあって、そこはドキュメンタリー風の戦争告発映画としてはマイナスに働く点だけど、エンターテイメントとしてはプラスだ。いちばん見たくないのは----いちばん見たいのは、たぶん、サンボーンのような男が気がついたらジェームスのようになっている話だ。あるいは、サンボーンのような男が、国に帰って結婚して子供を作り幸せな家庭を築き上げ、しかし除隊しても仕事が見つからず、民間軍事会社に就職してイラクに舞い戻るハメになる話だ。エルドリッジのような男がPTSDと折り合いをつけられずに社会からドロップアウトする話だ。アドレナリン・ジャンキーに殉じることのできなかったジェームスが、家庭と社会の中でゆっくりと静かに狂気に染まっていく話だ。アドレナリン・ジャンキーに殉じたジェームスが、「今日は誰かを殺したい」と口走るような男になった挙げ句、戦争犯罪で裁かれ見苦しい言い訳を並べ立てるようになる話だ。この映画はそのどれでもない。

『映画秘宝』で「キャスリン・ビグローは腐女子か!?」なんて書いてあったのを見たけど、もしビグローが腐女子だったとしたら、趣味が合うようで合わないな。ビグローが好きなのはどう見てもアドレナリン・ジャンキー型だ。…それにしてもアレだな、元旦那の『アバター』もIMAX 3Dで鑑賞はしたのだが、とてもじゃないがこんなに話すこと残らなかったな。たちの悪い夢だったというだけで。