Three Years Ago ― 2010-05-24
もうすぐ日本語版のDVDも発売になると思うが、"The September Issue"がつまらなかったのは本当に残念だった。
『プラダを着た悪魔』でメリル・ストリープが演じたファッション誌の鬼編集長ミランダ。の、直接のモデルと言われるアメリカ版『VOGUE』誌の編集長アナ・ウィンターが、2007年(リセッション前だ)の9月号を作り上げるまでのドキュメンタリー映画だ。アナ・ウィンターと言えば、マノロ・ブラニクに「あなた小物を作るといいわ」と助言したとか、名だたる世界のデザイナー達がコレクション発表前に必ず服を見せてコメントを求めるとか、ハイ&ローを最初に提唱したとか、とかく伝説の多いファッション界の重鎮である。この"The September Issue"では、9月号を作り上げるまでのVOGUE誌のファッションエディター達とアナ・ウィンターをメインに据えている。
…と聞くと面白そうじゃないか? 昨年秋に日本公開されていたことに気付かずにいて、不覚!と思ってDVDを購入するも、スルーしちゃったのも納得のつまらなさだった。この監督にはファッションビジネスという魑魅魍魎の世界に対する興味もなければ、ファッション自体に対する疑問と情熱もないんじゃないかと思う。全編、アナ・ウィンター演じる『プラダを着た悪魔』のイメージビデオみたい。
たとえば、この映画はアナ・ウィンターへのインタビュー映像から始まり、そこでアナは「ファッションには人をナイーブにさせる何かがある」というようなことを言う。その何かだ。その何かが何なのか、彼女だけが知っている秘密をほんのちょっと見せてほしいのだ。たとえば、ファッションエディター達がテーマに沿ってシューティングした美しいグラビアを、一瞥しただけで却下していく、その鑑定眼だ。どこがダメだったのか? アナ・ウィンターが選んだ写真と選ばなかった写真でどう違うのか? もし、アナが不採用にした写真が誌面を飾っていたらどうなっていたのか? …という疑問には一切答えてくれない。ただただ、アナ・ウィンターが写真を選んでいくだけだ。その写真の良し悪しがわからないのは、私の審美眼がないせいだけではないと思う----VOGUE誌のエディター達もまた、美しいとコメントするような写真なのだ。あるいは、9月号は実に800ページ近いらしいのだが、台割りが作られているのはどう見てもせいぜい100ページ程度で、つまり残りは広告のはずだ。VOGUE誌のようなファッション誌の会計事情はどんなふうになっているのか? どんな広告を打って、どんなスポンサーがつき、どんな客層に売れているのか? ファッションビジネスへの影響力と関わりはどのようなものなのか? GAPやMANGOにタクーンを紹介するだけ? 現在の地位はどのような実績で築き上げられてきたのか? ファッション誌のドキュメンタリーなのに細部はどうでもいいのかい。
アナ・ウィンター自身は文句なしにかっこいい。六十歳近いというのに引き締まった身体、すらりとした脚、隙のないエレガントな服装。一糸の乱れもないボブカットに大きなサングラス。エディター達がいかに主張しようと、マリオ・テスティーノが他愛ない会話で場を和ませようと、にこりともせずに一蹴してみせる。販売業者のミーティングや目をかけているらしいデザイナー達にはそれなりの笑顔も見せたりするが、何とまあビジネスライクなこと。残り3日で撮り直しを命じるのもやぶさかではない。とにかく仕事に全力を尽くしているのだとひしひしと伝わってくる。VOGUE誌が格好悪かったら、それは誰のせいでもなくアナ・ウィンターの責任なのだ。アナ・ウィンターが隠れて泣いてるところなんて想像もしたくない。どう考えたってメリル・ストリープよりアナ・ウィンターの方がかっこいいのだが、映画としては『プラダを着た悪魔』の方がずっと面白く、"The September Issue"がつまらない。何か悔しくなってしまうほどだ。自分を題材にした映画にもVOGUE誌を作るのと同じくらいの審美眼を見せてくれたらよかったのに!
さらにさらに、何でこの話2007年なのよ。いや2007年を扱うのはいいけど、公開は2009年なのに、2008年の経済危機以降ファッション界が置かれている状況には一切触れないというのは…片手落ちどころの話ではないでしょう。菊地成孔がマックィーンの訃報の際に述べていたところによれば「ハイモード界は現在、ショーに投下する予算もはじき出すのが精一杯という苦しい状況であり(ガリアーノ、ディースクエアド、D&Gなどが、何のセットも無い、シンプルな特設会場でショーをする。というのは、ちょっと戦前的な、異様な光景です)、そうした苦しさの中に、全く新しい、文字通り、新時代のモードが生み出されつつあり、」というこの状況をモードの法王がどう捉えているのか、ひとことも言及がないとは。己の愛するモードの世界のみをイデアとしながら、ビジネスとして成功させているところこそアナ・ウィンターの凄みだと思っていたのだが…いやもう残念。の一言。