HUNGRY ― 2008-07-02
19時ごろに商品名を「和風ツナドーナツ」とかいう菓子パンを食べてそれきりだから、腹が減るのも当たり前だ。朝になれば心おきなく朝食を摂るのがわかっていても、今の空腹は片づかない。蕎麦が食べたいな、蕎麦が。
私の本棚のカテゴリのひとつは「食べるもの」で、その中には、オールタイムベストのうちの一冊『キッチン・コンフィデンシャル』とか元ガーディアンのフードライターが書いたという『危ない食卓 スーパーマーケットはお好き?』とか『アマンダの恋のお料理ノート』とかが含まれているが、今読むといちばん危険なのは間違いなく吉田健一『私の食物誌』だ。おいしそうなんだもん。幸い今は祖母に貸出中なので、読んだ勢いで夜中にうどんを茹でたりすることにはならないけど。
What you eat is what you are.とロンドンで出会ったオーガニック好きのベジタリアンは言い、私に言わせりゃWhat you talk is what you areでそんなもんは何にだって当てはまる、何にだって適用できちゃうような命題に何の意味があるんだ、と言い返した。問題はWhat you XXX is what you are.のXXXに当てはまる動詞にどういう優先順位をつけるかだ。今の優先順位はもちろんeatだが、何か言う前に何か食べなきゃ人間は生きていけないんだというのを、あのとき忘れていたなとふと思った。
80年代の働く女 ― 2008-07-03
少々の修羅場なら覚悟しているし、今のところいいペースで働けていたのだが----8時半出社10時半退社、休日出勤はできない客先----再来週から休日も働けるようになってしまった。そりゃ参ったな…。適正な労働時間ってどのくらいなんだろう? 私は今くらいがちょうどいいけど、これでもばたばたしていると言えばそうだ。もっと働いていた時期もあるが、あのときは、気心の知れた若い連中がほとんどのお祭りみたいな修羅場だったから、今とはまるで状況がちがう。
しがらみを捨てて生きようとしても、しょせんは無駄なことだ。けっきょく、捨ててきたものはすべて自分自身に他ならない。
----『アリバイのA』 スー・グラフトン
「仕事ばっかりしてる女」の小説でも読むかと思って、キンジー・ミルホーンものを思い出した。キンジーはタフで頑なでプライベートに他人を寄せつけないように心がけており、同年代の女性探偵V.I.ウォシャウスキーとはちがって「きちんとしなきゃ」って意識がすごく強い。(V.I.の部屋は散らかっているがキンジーの部屋は妙にさっぱりと片づいている)
昔は単に重めの女性探偵ものと思っていたような気がするんだが、初期のキンジー・ミルホーンのこの感じ、今になってみるとV.I.より共感しやすい。
ただし今、「そうだよねー」というガールズトークのノリじゃなくて一節を引くなら、V.I.ウォシャウスキーの有名なせりふ
私は一人前の女性ですわ。ですから、自分の身は自分で守れます。それができなければ、こんな職業を選んだりはしません。
----『サマータイム・ブルース』 サラ・パレツキー
…の方がいい。そうそう、そのくらいの気概がほしいんだ。
博打と刃物 ― 2008-07-21
休日出勤の帰り道、終点で気がつかずにそのまま折り返すところだった。いやはや。
夏ばて気味なので野中英次でも読もうかと思い、久しぶりに漫画フロアに立ち寄ったところ『新・花のあすか組!』を発見。うお懐かしい。Ver.2003ってことは2003年でやり直すというまるでアメコミのようなことになっているのか…。
高口里純の漫画では『ロンタイBABY』が傑作と信じて疑わないが、『花のあすか組!』も読んでいた。どちらも不良少女ものだが、『ロンタイBABY』が1974年の宇都宮を舞台にしたグラフィティものとして優れているのに対し、『花のあすか組!』は思春期の少女の生きにくさみたいなものが根底に据えられており、そこに共感できない分、全中裏なる裏番組織をメインにした荒唐無稽でゲーム的な設定を楽しんでいた記憶がある(東京23区の陣取り合戦とか)。ゲームの設定はほとんど少年漫画的な意味でうまいが、ほとんど毎回ゲームにきちんとした終わりがつかないまま、次の展開に流れてしまうという欠点がある。その辺、十年以上前の富樫義博と印象が近い。
先だって『ごくせん3』を家主と見ていた折には、言葉遣いがあまりに現代的で平坦に聞こえてつまらないと思ったものだが、高口里純ならその心配は無用だ。
『ロンタイBABY』で仁神堂緋郎(すごい名前だ)が「そんなぼんくらじゃねえよ」と独白し、『花のあすか組!』でヤスヒロが「あんな目をした男を見逃せるほどなまくらじゃねえ」と言うシーンがそれぞれあった。たとえばこういう語彙が出てくるのと来ないのでは、印象がずいぶん違う。
ぼんくらは「盆暗」、なまくらは「鈍ら」で、どちらも「頭の働きが鈍いこと」を意味するが、ぼんくらが間抜けを含意するのに対して、なまくらは怠けているイメージが強い。辞書を引くと、盆暗の語源は博打用語で、鈍らは刃物が切れないことだ。仁神堂緋郎が好きな女の色恋沙汰を知っているかと問いただされての独白、ヤスヒロが怪しい男を見かけての言葉であることを考えると、使い分けも実に適切。
…久々に漫画喫茶に行く用事ができたかな。
夜を薄める ― 2008-07-22
(前略)俺、しゃがんでいる少年に「きみ、何考えているの?」なんて訊かなかったけど、訊きたくなかったから訊かなかったんだけど、あの暗い顔をして、しかし絶望的ではなく、アダルトは夜の快楽を濃縮させるんだけどもローティーンおよびハイティーンの場合には、夜の闇を薄めているような格好で五百メートルに一軒はあるコンビニエンスの、青白い、あれだな、ジュースの自販機の灯とかいろいろあるでしょ? その前で座っている少年たちを俺はかわいそうだと思った。
----『平岡正明のDJ寄席』 平岡正明
ヤンキー話のついでに思い出したので書き留めておく。
愛について歌う ― 2008-07-23
一九九九年、トリッキーは"スクラッピー・ラヴ"で彼は「俺が愛について歌えたらいいのに」と歌っている。そして彼は『エレキング』の取材でこんな本音すら漏らしている。「"いつか愛について歌えればいいのに"と俺が言ったのは、絶望と弱さの表現だけど、俺のソウルから出てきたものだ。そのことはたぶん、俺がそれを歌うよりもむしろパワフルだ。
"愛について歌えればいいのに"という言葉はそれがラヴ・ソングだとしても俺を悲しくさせるし、それは他人をも悲しくさせる。それでも自分自身を美しいメロディで表現したいと願っている人間がここにいる。これ以上悲しいことってあるか?」
----『ロッカーズ・ノー・クラッカーズ』 野田努
Fun. ― 2008-07-26
『HOT FUZZ』が最高。
英国製アクションコメディ映画で、仕事と言えば逃げた白鳥を探すことや万引犯を捕まえるしかないど田舎に左遷されてしまったロンドンのエリート警察官と、ポリスアクションが大好きだけど銃を撃ったこともない田舎の警察署長のどら息子がコンビを組むことになり、静かな田舎町に起こった不可解な変死事件を調べていくのだが…という映画。ネタバレはしない方が面白いと思うので、日本版の予告編は見ないで臨むべし。大丈夫、予告編で内容を確認しなくてもホント面白いから。私は町山智浩のアメリカ映画特電で知って見ようと思ったクチ。
『バッドボーイズ2バッド』や『ハートブルー』を初めとするポリスアクション各種のパロディでもあるこの映画、よく考えるとネタはブラックなんだけど、後味もいいし、見た後にとてもハッピーな気分になった。映像の切り替えが特徴的でテンポもよく、細かい会話も面白い。
観た人がいたらいろいろ喋りたいけど、ブラックさはさておきぜひ楽しく観てもらいたいような映画だったので、ネタバレはしないでおこうと思う。…うん、今週もがんばるか。
TOO MUCH ― 2008-07-28
実は『HOT FUZZ』の引用もとのひとつ『バッドボーイズ2バッド』を観たことがなかったので、これを機会と借りてみた。借りなくてもよかったような気がする。
大抵は対照的な主人公二人が友情をはぐくみ、共に困難に立ち向かうタイプの映画をバディムービーと言う。『ブルース・ブラザーズ』も『ミッドナイト・ラン』も『お熱いのがお好き』とか。バディものの中でも刑事物は一大ジャンルを形成していて、『リーサル・ウェポン』とか『マイアミ・バイス』とか『48時間』とかいろいろある。『HOT FUZZ』だってバディものだろう。
『バッドボーイズ2バッド』は「俺ってかっこいいだろう?」という自意識をいっそ清々しいほど全開にしてかっ飛ばすウィル・スミスと、コメディアンのマーティン・ローレンスが、コンビを組んでマイアミの麻薬犯罪を捜査しているという設定だが、いかんせん、この二人の掛け合いは私から見ると
- 声が大きくてうるさい
- 早口
- 愚痴っぽく聞こえる
ただ同じマイアミが舞台でも、マイケル・マンの撮るマイアミ(『マイアミ・バイス』の夜の美学)とはずいぶん違っていて、照り返しさえ目を細めるくらいに眩しい、傾きかけの強い日差しはちょっと新鮮だった。
Haste Make Waste ― 2008-07-29
…もちろんそんなことはみんなわかっているのだが、わかっていてもどうにもならないのである。おそらく、納期が守れないと、えらい誰かの首がすげかえられることになるんだろうと思う。
本書を読めば、誤解について語り合うきっかけにはなるだろうが、それで恐怖が薄れるわけではない。そもそも、恐怖をいだいていると指摘すること自体が無意味だ。おのれの恐怖がどこに隠れているか知りたいか? ならば、これなしには生きられないと思うものを挙げればいい。
----『このつまらない仕事を辞めたら、僕の人生は変わるのだろうか?』 ボー・ブロンソン
ぜんぜん違う一節を引くつもりだったのだが、ついつい、以前に貼った付箋に目が行った。