asshole ― 2008-10-18
『ハンコック』はまだ許せたが、『ウォンテッド』はー…と名前だけで何となく比較してしまう二本である。
『ハンコック』では、理由はわからないがとにかくスーパーマンな力を身に着けている男が、どうして俺は社会に受け入れられないんだと飲んだくれていたのを、一念発起して社会に受け入れられるべく努力する…というお話だ。ウィル・スミスはいつからか「俺様」という言葉で語られることが非常に多くなったが、今回も見事に「俺様」である。酔いどれハンコックが更正するまでは、ある意味落ち着いて観ていられた。
でもこの話、その後、なんか変な方向に転がり始めてしまう。以下は完膚無きまでにネタバレなので、一応隠しておこう。実は、ハンコックの更正に力を貸してくれたPRマンであるレイの妻メアリーは、ハンコックと同じスーパーマン一族の人間で、technicallyには「ハンコックの妻」なのだと言う。だが彼ら一族は、つがいになる相手と近づきすぎると、役目を終えて人間になるためにスーパーパワーを失ってしまうんだそーだ。…という、何かぱっとしない「ハンコックの正体」のシーケンスが続くうち、「ハンコックが社会に受け入れられるまで」という物語はどっか行ってしまうのだ。それじゃ何が残るのか?
後から考えてみれば、そこでも引っ張るためにいろいろネタが仕込まれている。多くはPRマンのレイに関わるもので、それこそが、「世界をよくしよう」というポジティブな方向性のものでもある。仕込まれているのだけれど、見ているあいだは、そこに至るまでのウィル・スミス節に気を取られて全然気がつかなかったのである。
その意味でウィル・スミスの「俺様」が裏目に出ているような気がしてならない。いや、こうして思い返してみても、そんな大層な伏線じゃなかったし、ネタとしては弱いような気がするのだが。
シャーリーズ・セロンは美人。ハンコックとシャーリーズ・セロンだけで、60分は見ていられる。残りの30分はー…そう、だから、ハンコックの話をうっちゃるつもりなら、レイ役のジェイソン・ベイトマンをもっとスター性のある役者にして、そっちも強く押し出して行くべきだったんじゃないかと思われる。