ボニーとブランチ2009-09-15

帰宅したらたまたまテレビで『俺たちに明日はない』をやっていて、遅い晩飯を食べながらつらつらと、ブランチの目が見えなくなるあたりを眺めていた。

『俺たちに明日はない』のフェイ・ダナウェイは強烈に切羽詰まってて、ついでに足場がない。フェイ・ダナウェイのボニーについてのコメントの中でいちばんすごかったのは橋本治だ。

そこが"家庭"じゃなかったら、ボニーにだって居ようはある。"意識的な女"というのは、個的にならざるをえなきゃならない訳だから、孤独であることには強い。「自分は自分」で、なんでも一人でやってのけられるけれど、でも"家庭"というところは、そういう女になんの役割も与えてはくれない。C・W・モスとクライドと、その兄貴とその嫁さんの夫婦は、平気で"食後の団欒"をやっている。

橋本治の『虹のヲルゴオル』から。ちなみにこの文章の後には、一度では足りない「でも」が来る。一度目は「でも、苦しいのはボニーだけじゃない。」で、兄貴の嫁さんである「カマトトの専業主婦」ブランチから見た逃避行の生活について言及される。その後ちょっと間を置いてさらに「でも、ブランチだって不幸だ。」と続く。

 でも、ブランチだって不幸だ。警察に追われて、夫は射殺されて、自分は目を撃たれて盲目になってしまう。もう"外"は見えない。でも、見つめるべき自分の内部には、なんにもない。「一体"自分"てなんだろう?」----そう思った時、彼女にはなんにもなかった。そんな身動きの出来なくなった彼女を、カメラはただ黙って写している。
 ボニーのようなあり方を拒絶したら、"女"というものの中には空白しかない。

これが自分の職場でなくて幸いなのだが、職場結婚して奥さんは寿退社という男が職場で出会った独身の女の子と不倫して、奥さんは当然なにかを疑い、職場の「こども参観日」だか「ファミリーデー」だかに乳飲み子を抱いてやってくる…というようなおそろしい出来事を肴に飲んだ。でもこの部分を読んでたら、不倫のぬかるみがなくてさえボニーとブランチが仲が悪い理由を、思い切り見せつけられた気がしたよ。

そういえば、ボニーは一度喚き散らすブランチに腹を立てるあまり車を飛び出して、宥めようとするクライドと喧嘩する。激高したボニーは「あなたのお兄さんのあなたとの違いは、お兄さんはベッドで何かするってところ」みたいなことを口走るのだ。橋本治はさらに続ける。

世の中の外で"犯罪者"となった"少年"は、自分自身の真実に従って、その真実を"不能"という屈辱によって購った。

不能のクライドと銀行強盗に手を染めた"意識的な女"ボニーと、"大人の男"である兄貴にくっついてきただけの"専業主婦"ブランチか…待てよ、ボニーとクライドの名声を聞きつけて「仕事を手伝おう」とやってきたクライドの兄貴バック、こいつは何者なんだろう? …単なるバカ?