My Foolish Heart2007-12-10

鈴木志保全集とも言うべきラインナップで漫画を貸してもらい、さっそく読んでいる。今だったら決して手に取らないだろうなーと思うのに今読んでもおもしろい。『船を建てる』で印象的なエピソードは、今の私の分類で言うとみんな大鹿マロイ的にバカ切ない。
大鹿マロイは『さらば愛しき女よ』の登場人物で、八年間の刑期を終えて出所して、いの一番にヴェルマを探しにやってきて、そこでフィリップ・マーロウと出会う。ヴェルマとは八年も会っておらず、手紙も六年もらっていないというのにマロイと来たら「何かあったにちがいねえ」とか言うのだ。そこで誰が「ちがうよ」という冷たいつっこみを入れられる? (もっとも、入れたところでマロイは聞かないのだろうけど)
あれは原作じゃなくてロバート・ミッチャムが主演した映画の方だったと思うが、撃たれたマロイについてフィリップ・マーロウが言うことには「三発撃ち込まれても起きあがってヴェルマを愛しただろう」。…だったかな、ちょっと記憶が曖昧だけど。
話がそれたが、とにかく、そんな感じでもの悲しいのである。どいつもこいつもバカすぎる。マロイがヴェルマに惚れるような色恋沙汰が絡まないから、余計に切ない。

『船を建てる』は欧米のポップカルチャーをあちこち引用しているが、「フロリダ州では桃が熟れる頃/甘粛省では杏が熟れる頃」では、中国の僻地に暮らす仲のよいアシカの老夫婦の生活が語られる合間に、ジャックとベティの会話が挿入される。「そういやベティ/オレ達は最初に どこで/出会ったんだったかな」「木よ ジャック 桃の木/その下で/であったのよ あたしたち/フロリダ州じゃ 桃が熟れる頃よ」 ちょっと『ワイルド・アット・ハート』風だが、そういえば、バリー・ギフォードはどこにも引用されてないなあ。わりと好きそうに思うけど。
また話がそれた。アシカの老夫婦とジャック&ベティはどちらも、パーフェクトなボーイ・ミーツ・ガールの物語だ。そしてこの短い話のラストは、 Lesson 1で終わる。ジャックとベティが出会い、二人は礼儀正しく交互に"Hello."と言う。"How are you?" "I'm fine thank you, and you?" "I'm fine, thank you."

鈴木志保の年齢は知らないけど、英語の教科書に出てくる二人はその後、いろいろメンバー交代があるみたいだから、ジャックとベティじゃなかったかもしれない。あれが懐かしいのはもっと年上じゃないだろうか。だからこれは、やっぱり、『永遠のジャック&ベティ』 ネタだったのか、と今にして思う。
『永遠のジャック&ベティ』は清水義範の傑作で、あのジャックとベティが数十年後に再会する話だ。いい年の大人になって人生経験も積んだのに、二人が再会した瞬間、あの口調でしか喋れなくなってしまうのである。「あなたの息子の趣味は何ですか?」「彼はときどき、麻薬と強姦をします」みたいな。バカすぎる。
この話はオチもいい。普段なら気の利いた誘い文句のひとつや二つと思いながら、この口調でしか喋れないんじゃな…とジャックが寂しくひとりごつのだ。ちょっと切なくもある。ベティの前ではジャックはジャックなのだ。

バカだなあと思いながら、自分もやはりバカであるので、不意にわかってしまったりしてじーんとするのであった。

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